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「私と河合塾」-OB・OGが語る河合塾-: Vol.23 (2010年3月公開)

河合塾の数学の授業で学んだ
「自然な解答を心がける」意識が
私の研究者としてのベースになっています

株式会社ジャパンエナジー 主任研究員
古田 智史さん

高校グリーンコース

株式会社ジャパンエナジー 主任研究員 古田 智史さん

「劣等感」が努力の原動力となる。

・・河合塾に通われたのはどの時期ですか。

古田 高校1年生と3年生の時、大阪校の高校グリーンコースに通いました。当時、私の住んでいた京都には河合塾がなく、京都にあった他の予備校と河合塾大阪校2校の入塾試験を受けたのですが、他の予備校は最上位のクラス、河合塾は上から2番目のクラスに合格。自分よりも優秀な生徒がたくさんいる厳しい環境の方が鍛えられると思い、河合塾を選びました。

2年生の時、いったん通うのをやめたのは、剣道部の活動との両立が難しくなったからです。また、洛星高校は2年生で部活動を引退し、3年生からは完全に受験モードに入る風習があったため、高校2年生の1年間は剣道に没頭しました。そのときの頑張りで、高校3年生になるときに、国体の強化選手に指定されましたが、受験に専念するために辞退し、再び河合塾に通い始めました。ちなみに剣道はその後も続けており、現在5段で、週末には地元の道場で指導にあたっています。

・・河合塾での思い出を聞かせてください。

古田 とにかく授業も周りの生徒のレベルも高く、ついていくのに精いっぱいだったというのが正直なところです。逆に言うと、この授業が理解できるようになれば、どんな難関大学にも合格できるはずだとも思っていました。ほとんどの授業が、まずテストをして、講師がその解説をするテストゼミ形式だったのですが、私が唸っているような問題でも、周囲の友人たちはスラスラ解いていきます。休憩時間には出来具合を話し合うこともよくありましたが、「あの問題はこの解法を使えばいいのだから、簡単だったね」と平然と言い放っている友人たちを見て、圧倒されていました。

・・どのような努力をしてクリアしていったのですか。

古田 劣等感が原動力になった気がします。劣等感があると、それを克服しようという具体的な目標が見つかります。彼らに追いつくことはできないかもしれないけれども、近づくことはできるはずだという思いで、頑張って努力しました。人間は優越感を持ってしまうと、努力しなくなるもの。常に何らかの劣等感を持っている方がいいのかもしれません。その意味では、できるだけ厳しい環境に身を置こうとした選択は正しかったと考えています。

受験勉強を進めるうえで、チューターの力も大きいものがありました。勉強に関する質問がある場合、講師室に同伴してくださいました。講師室は私にとっては敷居が高く感じられたので、この配慮はありがたいことでした。講師も私の質問にとても丁寧に対応してくださいました。

英作文の授業で学んだ文章作法が現在の業務にも役立つ

・・印象に残っている授業はありますか。

古田 英語と数学の2科目を受講しました。英語は、英作文の授業で「日本語を英語に直訳してはいけない。いったんやさしい日本語に直したうえで英訳することが肝心」ということを徹底的に教え込まれました。このトレーニングは、現在の業務でも、英語で論文を書いたり、外国のお客様とメールでやりとりをする際などに役立っています。

また、「英語は耳から入れて、口から出す訓練が効果的」という指導もされました。そこで、私の通っていた高校はミッションスクールで、外国人の神父さんが多数在籍していたので、昼食の後は、いつも神父さんの部屋に走って行くようにしていました。「英語を教えてください」と頼むと、「英語の専門の先生にお願いしなさい」と言われるので、「聖書を教えてください」と(笑)。英語で聖書を読んで、その内容について英語で話し合うわけです。それを高校2年の半ば頃から1年半続けました。

・・素晴らしい学習方法だと思いますが、高校生でそこまで積極的になるのはなかなか難しい気もしますね。

古田 劣等感のなせる技だったのでしょうね。優秀な友人たちと同じ授業を受けて、同様の勉強をしていたのでは、永遠に差は縮まりません。人が見ていないところで努力することが大切だと覚悟を決めていたのです。

・・数学の授業はいかがでしたか。

古田 先生から「出された問題を単純に解こうとするのではなく、まず出題者は何を伝えたいのか、意図を意識するようにしなさい。そういう視点で見ないと、数学はおもしろくならない」と言われたことを覚えています。それまでの私は、どの方程式を当てはめればいいのかといった感覚だけで問題を見ていたのですが、その後、さまざまな角度から出題の狙いを考え、複数の解法の引き出しを少しずつ開けられるようになっていきました。

多彩な研究に携わり、石油学会、自動車技術会で受賞

・・現役で東大に入学されたのですね。

古田 私が受験した1988年度は、東大と京大のダブル受験が可能な唯一の年でした。私も両方を受験して合格。東大の理科一類に進みました。

・・大学1・2年生の時に駒場校でグリーンコースチューターも務められていますが、塾生を指導する際に心がけられたことはありますか。

古田 自分の経験を踏まえて、受験の心構えを伝えたいと思っていたのですか、振り返ると後悔の念の方が強いですね。まだ若く、張り切りすぎていて、生徒とのテンションの違いを最後まで埋めることができませんでした。テストの成績結果が悪くても、焦るでもなく、飄々としている生徒の姿を見て、もっと必死でやらないと合格できないよと叱咤したこともあります。今になって思うと、彼らは表面上は平然としていても、内心は思い悩んでいたことがわかります。つい1年前まで自分も同じような心境だったはずなのに、大学に合格した途端に、急に「上から目線」になっていたのです。大きな反省点ですね。

・・大学ではどのような研究をされたのですか。

古田 当時としては珍しい、工学部のバイオテクノロジーの研究室に所属し、病気や老化に関係する活性酸素など、生体の自動酸化について研究しました。

・・大学卒業後のこれまでの経歴を教えてください。

古田 卒業後、日本鉱業(その後合併し、現・ジャパンエナジー)に入社。当初はプラスチックの研究部門に配属されましたが、3年たって石油精製の効率化研究部門に異動。「固体超強酸」という特殊な触媒の研究に携わりました。後にこれを用いた「バイオディーゼル燃料の製造方法」の研究で、石油学会から「野口記念奨励賞」を受賞しました。次いで、フランスに赴任した後、燃料油の品質向上策を担当。その研究によって自動車技術会で受賞しました。現在は石油をいかに効率よく製品にするかという研究をしています。入社して17年になりますが、5年と同じ部署に所属したことはなく、「社内転校生」のようなものですが(笑)、その分、さまざまな経験を積む楽しみも感じています。

・・これまでの仕事に河合塾で学んだことが役立っている面はありますか。

古田 河合塾の数学の授業では「自然な解答を心がけなさい」と指導されました。自分の直感や先入観に固執していたのでは自然な解答は導き出せない。出題の意図を読み取り、さまざまな角度から見るようにすることが重要だということを、とても強調されていました。これは、科学技術の世界で極めて重要な感覚であり、研究者としての私のベースになっています。研究では、仮説を立てて、実験を繰り返して、その仮説が正しいかどうか、検証を行っていきます。その際、自分の仮説に都合のよいデータを重視したくなりますが、それは厳に戒めなければなりません。すべての実験結果が説明できる自然な解答は必ずあるはずです。物質は嘘をつきませんから、自分の仮説に引きずられることなく、むしろ物質の方が出題者だと捉えて、その声に耳を傾けよう。データ分析の際にはそう意識するように心がけています。

リアリティのある将来の夢を持つことが受験勉強のエンジンになる

・・保護者の方々へのメッセージをお願いします。

古田 実は私にも小学6年生の息子がいて、今、中学受験に向けて勉強中です。小さい頃から、頑張って努力することの尊さを言い聞かせ続けてきたつもりですが、子どもはどうしても楽をしたいと思うもので、親が見ていないところでは怠けていることもありえます(笑)。そんな時は、私が高校3年生の時に朝日新聞の読者投稿欄に掲載された文章を見せるようにしています。「なぜ受験のために勉強しなければならないのか、意義がわからない」という投稿に対する意見を寄せたもので、「私は受験勉強とは将来への貯金だと思う。『アリとキリギリス』のアリがせっせと食料をため込む作業と同じように、今、頑張ることによって、将来につながる」といった論を展開しました。息子には、この文章を見せながら、「勉強は水たまりのようなものだ」とも言っています。「水の中にいると、すごく深い場所に感じているかもしれないが、水から上がってみると、意外に浅いことがわかる。1つのラインを超えて、次の段階に進めば、前の段階のことは簡単に感じるものだからだ。勉強も同じで、6年生の今となっては、5年生の内容がわからないことはあまりないだろう。でも、それは5年生の時に一生懸命勉強して、ラインを超えたからこそ言えること。受験勉強も必死にやって学力を貯金できた人だけが、中学に行っても、その先も伸びることができる」と教えるようにしています。

・・最後に、後輩たちへのアドバイスをお願いします。

古田 大学合格そのものだけが目標になると疲れてしまいます。後から振り返ると、受験は単なる手段にすぎません。大学入学後、どんな学びをしたいのか、さらには将来どんな仕事に就きたいのか、できるだけリアリティのある夢を持つようにした方が、受験勉強のエンジンがかけやすくなるでしょう。

・・古田さんの場合は、どのような目標を持っていらっしゃったのですか。

古田 私は大学を選ぶ際に、入りたい研究室まで決まっていました。東大の二木先生がラジカルという反応性が高い物質の研究をされており、その研究に将来性を感じて、ぜひ先生のもとで学びたいと考えていたのです。その明確な目標を叶えるために受験勉強も頑張ろうと、モチベーションを維持することができました。後輩の皆さんにも、大学で何を学びたいのか、自分はその先に何者になりたいのか、もう一度真剣に考えてみることをぜひお勧めしたいですね。

古田 智史

Profile

古田 智史 (Satoshi Furuta)

1969年京都府生まれ。洛星中学校・高校に通う。高校1年生、高校3年生の時に、河合塾大阪校高校グリーンコースに通塾。1988年、東京大学理科一類に現役合格。1992年に同大学卒業後、日本鉱業株式会社(現株式会社ジャパンエナジー)に就職。さまざまなテーマに関する研究、フランス赴任などを経て、現在はジャパンエナジー精製技術センターの主任研究員を務める。研究の成果が認められ、平成19年に社団法人石油学会より野口記念奨励賞、社団法人自動車技術会より論文賞を受賞。同年、博士(工学)を取得。幼少期より続けている剣道は五段で、週末には地元の道場で指導にあたっている。

高校グリーンコース

高校生を対象とした志望大学現役合格を目標とするコース。学力や学習状況にあわせて受講できるカリキュラムで、高3になるとより実践的な講座も用意しています。

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