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「私と河合塾」-OB・OGが語る河合塾-: Vol.46 (2012年4月公開)

受験対策にとどまらず
もっと深いところまで教えようとする
「教養主義」的な授業に感動しました

株式会社文藝春秋 文春新書編集部次長
衣川 理花さん

高校グリーンコース/大学受験科

株式会社文藝春秋 文春新書編集部次長 衣川 理花さん

国語の授業で紹介された、時代の息吹を感じる本を次々に読破

・・河合塾に通うようになったのはいつからですか。

衣川 高校2年生のとき、とても成績優秀な級友に誘われて、彼女が良い塾だというのなら間違いないだろうと考えて(笑)、高校グリーンコースに通い始めました。

・・高校グリーンコースの雰囲気はいかがでしたか。

衣川 河合塾の特長は、受験対策にとどまらず、もっと深いところまで教えようとしていることだと思います。それを強く感じたのが、国語の大川先生との出会いでした。授業で入試対策用の文章を読むだけでなく、オリジナルの「読書リスト」が配付され、さまざまなジャンルの本を読むように勧められました。中沢新一、山崎正和、網野善彦、阿部謹也、ヴィトゲンシュタインなど、学問の最先端を走っている方々の著作を紹介され、次々に読破していきました。当時ブームになっていた記号論の本も読みました。おそらく大川先生は、私たちに新しい時代の息吹を感じてほしいという思いがあったのでしょう。この読書体験を通じて、視野が広がっていった気がします。

また、日本史の授業では、一次史料(原典・原本)の読み解き方を丁寧に教えていただきました。教科書に掲載されているような著名人の文章以上に、市井の人々の生の声に触れることが大切で、それによって初めて、その時代の社会背景がわかるということを教えられ、とても新鮮でしたね。

社会科学を学び直したいという思いが生まれ、再受験を決意

・・高校卒業後、東京外国語大学英米語学科に進学されたわけですが、英米語学科をめざそうと考えた理由は何ですか。

衣川 中学生、高校生のころ、映画が大好きで、洋画を中心に年間約100本観ていました。『普通の人々』『ソフィーの選択』など、ちょっと重たいテーマの映画が好みでした。そのなかで、戸田奈津子さんのような映像翻訳家になりたいという夢が生まれ、英語を専門的に勉強しようと考えたのです。

・・入学後、再受験を決意した経緯を教えてください。

衣川 映像翻訳への興味の一方で、先ほど申し上げた読書体験を通して、社会の矛盾、理不尽さに対する問題意識も芽生えていました。大学入学後、英語の勉強は独学でも可能だけれども、社会科学は自分だけでは学べない。ならば、社会科学が学べる学部に進んだ方がいいのではないかと思うようになり、再受験を決意しました。

高校グリーンコース時代の好印象があったので、受験勉強をするのなら河合塾が良いと、ほとんど迷うことなく、後期から駒場校(当時)の大学受験科に通うことにしました。

・・大学受験科に通っていたころの思い出を聞かせてください。

衣川 講師やチューターの方々の面倒見がよく、アットホームな雰囲気があり、後期から入った私を優しく受け入れてくださり、すぐに馴染むことができました。塾生同士の人間関係も濃密で、授業が終わった後も、自習室や図書館で一緒に勉強していました。

・・友だちと一緒に勉強すると、集中しにくい面もあるのではないですか。

衣川 いえ。塾生は皆、自分の将来に対して不安を抱えていますから、そういう同じ境遇の仲間が近くにいることで、励まされ、勇気づけられる効果の方が大きかったと思います。私は今でも、あの当時のことを「友情の黄金時代」と呼んでいるくらいです(笑)。

当時の仲間はとても知的レベルが高く、日常会話のなかで、柄谷行人、吉本隆明、マイルス・デイビスなどが話題になることもありました。文化に対する造詣の深さに接して、大いに刺激を受けました。

・・印象に残っている授業はありますか。

衣川 もともと文系科目は得意だったのですが、東大に合格するためには、数学の苦手意識を克服することがポイントでした。河合塾の数学の授業で、とても良かったと感じるのは、数学の哲学的な意味や美しさを教えてもらえたことです。フラクタル理論の解説では、数学とは何て美しいものなんだろうと実感することができました。それによって、難しい問題を解くときにも、「今はまさに数学の美しさに触れている瞬間なのだ」と思うようになり、問題を解くのが苦痛ではなくなっていった気がします。

大学時代は少林寺拳法部に所属し、関東学生大会で優勝

・・東大入学後、どんなことに力を入れられましたか。

衣川 大学受験科に通っていたころ、一番の楽しみは食べることだったこともあって(笑)、約15キロも太ってしまいました。そこで、入学後、ダイエットを兼ねて、少林寺拳法部に入ることにしました。少林寺拳法部を選んだのは、中高から続けている人と差が出てしまうようなスポーツではなく、初心者でも大丈夫だと聞いたからです。当時まだめずらしかったビデオを活用して、撮影した演舞を見ながら、自分の悪いところを矯正するなど、東大らしい合理的なトレーニング法も興味深かったですね。私なりに本格的に練習に打ち込んだ結果、関東学生大会で優勝し、全日本学生大会でも4位になりました。

・・ゼミではどんなテーマで研究されたのですか。

衣川 東大では3年次に進学振り分けが行われます。私は英米文学と社会学のどちらを専攻するか迷っていました。そんなとき、上野千鶴子先生が東大に赴任されることになり、ぜひ先生のもとで研究したいと考え、社会学専攻に決めました。上野ゼミでは「ジェンダーと若者の身体観」をテーマとして研究を進めました。

・・大学卒業後、編集者を志したきっかけを教えてください。

衣川 実は大学院にも合格していたのですが、上野先生が2年間、海外の大学に招かれることになり、その間、社会人生活を経験するのもいいのではないかと考えたのがきっかけです。当時、文藝春秋が発行していた翻訳小説が好きだったことと、雑誌づくりもおもしろそうだと思ったことから、入社試験を受けました。実際に入社してみると、予想していた以上に出版社の仕事は楽しく、そのまま続けることになりました。

・・これまでの主な仕事と、今後の目標をお聞かせください。

衣川 最初は、女性誌『CREA』、スポーツ誌『Number』、および『週刊文春』など、雑誌の編集に携わりました。現在は文春新書の古典や宗教関係などの本を担当しています。また、上野先生の著書も制作中です。

大学のゼミで研究したテーマとも関連があるのですが、今後は、女性の労働環境に関する本を作りたいと考えています。

文系、理系の素養をバランスよく備えることが大切

・・河合塾で学んだことが、その後役立っていると感じられることはありますか。

衣川 先日、宇宙論を専門とする物理学者と話す機会があったのですが、その学者から「もちろん全員がそうだというわけではないが、一部の哲学者が、自然科学の概念を間違って取り入れて、自分の理論を構築している。その理論を人々がありがたがって聞いている。それはとてもおかしなことだ」という話を聞きました。そのときに思い出したのが河合塾の数学の授業です。その授業でも、ある思想家がフラクタル理論を間違って解釈していると指摘されていたのです。理系の知識やセンスがなければ、有名人の聞こえのいい言葉をそのまま鵜呑みにしてしまう危険性があります。もっと言えば、今、日本の政治や経済が停滞しているのは、文系人間が闊歩し、科学的な視点が欠如していることが関係しているのかもしれません。本来、人間は文系、理系の素養をバランスよく備えることが大切なのではないでしょうか。そして、文系学部に進んだ私にとって、理系の素養の一端に触れる貴重な場が、受験対策だけにとらわれず、教養主義的な教育を施してくれた河合塾だったと感じています。現在の仕事で、科学に関する論理的な文章が客観的に読めるのも、完全に河合塾のおかげですね。

・・これから大学受験に向かう後輩へのアドバイスをお願いします。

衣川 受験生時代は、先が見えず、不安で、自分の無力さを感じる時期でしょう。それを乗り切るための大きな支えになるのが仲間の存在です。利害が絡まない関係ですから、長く付き合うこともできます。私は、当時の仲間と半年に1回、「同窓会」を開いているほどです。苦手な経済関連の本を担当するときには、企業の第一線で活躍している仲間に連絡をとって、職場の上司には恥ずかしくて聞けないような情報を教えてもらうこともあります。利害関係がないという話とは矛盾するような気もしますが(笑)、とてもありがたい存在ですね。

・・最後に、保護者に向けてのメッセージをお願いします。

衣川 私は中学受験を経験したのですが、その時期の親の存在は大きいと思います。母は女子中学・高校の元国語教師だったこともあって、いま振り返ると、私を乗せるのが上手だった気がします。難しい漢字を書けたり、古文・漢文を読んでいたりすると、大げさなぐらいに褒めてくれました。子ども時代の私は単純だったので、親に褒められると、うれしくて、もっと頑張ろうという意欲がわいてきました。それから、できれば、子どもの得意・不得意分野を見極めてほしいですね。得意なことなら、どんどん伸ばせばいいし、不得意なところは大得意になるのは無理ですから、基本的な部分だけ頑張ればいい。向かない分野を必死に勉強させても、辛いだけです。親にそうした見極めができていれば、子どもは楽な気持ちで勉強が進められるようになると思います。

衣川 理花

Profile

衣川 理花(Rika Kinugawa)

1972年兵庫県生まれ。桜蔭中学校・高等学校に通う。高2から河合塾駒場校(当時)高校グリーンコースに通い、1990年東京外国語大学外国語学部英米語学科に入学。同年9月より河合塾駒場校大学受験科に入塾し、1991年東京大学文科三類に進学。1995年同大文学部社会学科卒業後、株式会社文藝春秋に入社。雑誌「CREA」の編集、雑誌「Number」の広告・編集、「週刊文春」の編集などを経て、現在は文春新書編集部次長として、経済、宗教、古典や社会問題などの新書制作を中心に活躍中。

高校グリーンコース

高校生を対象とした志望大学現役合格を目標とするコース。学力や学習状況にあわせて受講できるカリキュラムで、高3になるとより実践的な講座も用意しています。

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大学受験科

高卒生および大学受験資格を有する方を対象とした大学入試合格を目標とするコース。クラスは志望大学やレベル別に分かれ、効率的なカリキュラムが組まれています。

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