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「私と河合塾」-OB・OGが語る河合塾-: Vol.52 (2012年10月公開)

ドルトンスクールで芽生えた
昆虫などの生き物への興味がその後もずっと続き
現在の感染症内科医の職務にもつながっています

医師
保科 斉生さん

ドルトンスクール

医師 保科 斉生さん

自分の好きなものを見つけて熱中できる環境

・・ドルトンスクールに通うようになったきっかけから教えてください。


保科 私はドルトンスクール東京がある東北沢で生まれ育ちました。両親は近隣の幼稚園をいろいろと調べたうえで、子ども一人ひとりの興味、関心に応じて、どんなことでも自由に伸び伸びと取り組むことができるドルトンスクールの教育環境に共感を覚えて、通わせることにしたようです。

・・ドルトンスクール時代の思い出を聞かせてください。

保科 最も印象に残っているのは、発表会で動物園を模した展示を行ったことです。近くの公園にドングリや小枝を拾いに行って、工作室でカナヅチやノコギリを使って、動物の人形をつくりました。先生からつくり方を教えられることはなく、完全に子どもたちの自由な感覚に任されていました。私はワニ、ゴリラ、ゾウなどをつくったのですが、自分なりに出来映えに満足していたのでしょう。その後、しばらく自宅の庭に飾っておいたほどです(笑)。

ドルトンスクールに通っている子どもは、何か1つ得意なものを見つけて、それに熱中するタイプが多いのですが、私の場合は、そうした工作などの体験を通して、生き物への興味が芽生えました。教室に備えられている図鑑を見て、昆虫の名前を覚えたり、その昆虫の工作をしたりするのが大好きになりました。幼い頃に生き物への興味が生まれたことが、その後の進路選択に大きく影響した気がします。

それから、皆で創作劇をつくり、親たちの前で発表したこともなつかしい思い出です。全員で電車に乗って、空を飛んでいくというラストシーンはよく記憶しているのですが、どういう話の流れでそういうシーンになったのかは、さすがにもう覚えていません(笑)。

・・園児がストーリーを考えるというのは、とても難しいことだと思いますが……。

保科 今考えると、かなりレベルの高い活動ですよね。もっとも、私自身はストーリーづくりにはほとんど参加していません。大好きなカブトムシの役を与えられ、それを演じられることだけで大満足していました(笑)。

・・先生から教えられたことで印象に残っていらっしゃることはありますか。

保科 先生方からはほとんど怒られた記憶がありません。もちろん、問題のある行動をとった場合は叱られたのでしょうが、基本的には自由に好きなことに取り組んでいた感じです。おそらくそんな雰囲気の中で、先生方は子ども同士の関係をうまくコントロールされていたのだと思います。

自分で調べる姿勢が養われ、応用問題が得意に

・・小学校に上がってから、ドルトンスクールで学んだことが役立ったと感じられることはありますか。

保科 先ほど申し上げた昆虫図鑑の学習などを通して、自分で調べる姿勢が養われていたことが良かったと思います。小学校は公立だったので、教科書の基本的な事項を中心とした授業でしたが、その授業を聞いたうえで、興味を持ったことは、図書館の本などで調べて、自分なりに深めていました。ですから、応用問題や、単元と単元をつなぐ総合問題などを解くのが得意でした。ドルトンスクールで身につけた、分からないことが出てきたら、必ずすぐに調べるという習慣は、今でも変わりません。

・・中学、高校でも、河合塾のグリーンコースに通われていますね。

保科 小学校2年生から4年生まで、父の仕事の関係で、アメリカの小学校で学びました。アメリカの小学校は、ドルトンスクールと同じように、得意な分野については飛び級でとことん伸ばす方針で、逆に不得意な分野に関しては放課後に補習を実施していました。そうしたメリハリのきいた教育システムがとても良かったと思います。ただし、日本とは教育内容が異なっている部分もあり、それを補強するために、中学1年生から河合塾の中学グリーンコースに通いました。

高校では、アメリカンフットボール部に所属し、3年生のときはオフェンスラインとして関東大会に出場しました。部活動に熱中するあまり、受験勉強はおろそかになっていましたから、大会後、再び河合塾の高校グリーンコースに通うことにしました。

・・グリーンコースの授業で印象に残っていらっしゃるものはありますか。

保科 中学グリーンコースの英語の授業に感謝しています。帰国生ですから、日常会話には苦労しなかったのですが、それを受験英語に転換する必要があったのです。正直なところ、アメリカでは実際にはそんな表現は使わないと思うようなイディオムもあり(笑)、とまどいましたが、入試で頻出していればマスターしなければなりません。それに、小学生時代の英単語はとても簡単なものであり、大学入試で出題される長文を読みこなすには、新聞に出てくるような時事用語、専門用語も覚える必要があります。日常会話は大丈夫だからと奢らず、中学生の早い段階で、きちんとした文法を学び、難解な英文を読解する力を身につけたことは、大きな収穫だったと感じています。

高校グリーンコースでは、生物の授業が興味深かったですね。入試でよく出される分野はしっかり解説されつつも、その合間に、当時話題になっていたゲノム、発生など、タイムリーな話題も盛り込まれ、大いに刺激を受けました。

生き物への興味の延長で、感染症専門の内科医をめざす

・・医学部に進もうと考えられたのはいつ頃からですか。


保科 ドルトンスクールで生き物、生命に興味を持ったことが発端です。それに関連する勉強をして、将来の職業にもつながればいいという思いがずっと持続していました。そこで、高校生のときに、東京慈恵会医科大学医学部で検査学の助教授をしていた父に相談したところ、「そうした分野に興味があるのなら、研究者になるのもいいが、職業として考えた場合には、研究を続けながらも人々の役に立つ医師の道を選ぶのもいいのではないか」とアドバイスされました。この言葉に触発されて、高校3年生になって、医学部受験を決意しました。

・・大学時代、とくに力を入れられたことは何でしょうか。

保科 東海大学医学部入学後、マラリア、寄生虫などの熱帯医学への関心が生まれました。これも昆虫好きが高じた結果ですね(笑)。そこで、大学では意識的に細菌学に重点を置いて勉強しました。卒業後、東京慈恵会医科大学病院に勤務することを決めたのも、この病院に感染制御部が設けられていたからです。現在は、感染制御部で感染症専門の内科医を務めています。

・・今後の目標をお聞かせください。

保科 東京慈恵会医科大学病院には、かなりレアなものを含めて、多様な感染症の事例が集まってきます。それらをまとめて論文発表し、他の病院の医師たちにも役立つような治療の指針をつくりたいと考えています。

個性と特性を引き出すドルトンスクールの教育は、幼い時期にこそ大切なもの

・・ドルトンスクールで学んだことが、現在の仕事に生きていると感じられることはありますか。

保科 医師は患者の生命を預かる責任の重い仕事で、ストレスがかかりやすい仕事でもあります。それでも、日々やりがいを持って取り組むことができるのは、ドルトンスクールで抱いた興味がずっと続き、それに関連する仕事に携わっていることに幸せを感じているからです。幼い時期に、そんな興味を持てるものを見つけられたことは、とてもありがたいことだったと思っています。

・・後輩たちに向けてアドバイスをお願いします。

保科 ドルトンスクールの出身者は、小学校に入学したときに、ドルトンスクールの自由さとのギャップに違和感を覚えるかもしれません。周りと同じような行動を求められることもあるからです。それでも、自分が興味を持ったことに関してだけは、追求し続ける姿勢を見失わないでほしいと思います。そのベースさえしっかりしていれば、その後、どんな環境に身を置くことになっても、自分が進むべき方向性が見えてくるはずです。

・・最後に、保護者へのメッセージをお願いします。

保科 実は今、私の娘もドルトンスクールに通っています。娘にも、私と同じように好きなことに熱中してほしいと考えたからです。子どもたちの様子を温かく見守り、それぞれの個性と特性を引き出し、可能性を広げるドルトンスクールの教育理念は、幼い時期にこそ大切なものだと、私は考えています。

保科 斉生

Profile

保科 斉生 (Tokio Hoshina)

1979年東京都生まれ。3歳から3年間ドルトンスクール東京校に通う。小学校2~4年生の期間はアメリカで過ごす。中1から河合塾駒場校中学グリーンコースに通い都立戸山高校に合格。1999年東海大学医学部医学科に合格。2005年同大学卒業後、東京慈恵会医科大学病院に研修医として勤務。現在は、同病院の感染症専門の内科医として活躍中。

ドルトンスクール

"100人いれば100通りの教育方法がある"

ドルトンスクールでは子どもたち自身の興味や探究心を養い、「自ら学ぶ子ども」を育てるため、一人ひとりの個性と才能を伸ばす教育を行っています。[対象:1才児から小学6年生]

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