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「私と河合塾」-OB・OGが語る河合塾-: Vol.76 (2014年7月28日公開)

河合塾の「エンリッチ講座」で
各界の第一線で活躍する方々の
講演を聞いて刺激を受けたことが
その後の人生に大きな影響を与えました。

マジシャン
高橋 ヒロキさん

大学受験科

マジシャン 高橋 ヒロキさん

中学生のとき「笑っていいとも!」に出演して優勝を果たす

・・マジックに興味を持つようになったのはいつ頃からですか。

高橋 7歳年上の兄が趣味にしており、小さい頃から兄のマジックを見て育ちました。それで自然に興味を持つようになり、自分でも小学校のお楽しみ会などで披露していました。小学校3年生のとき、父親に初めて買ってもらったのが、マジック界では定番の「ダイナミックコイン」です。100円玉が瞬間移動したり、貫通したり、消えたりするというマジックで、それまでは兄のお下がりの道具で遊んでいましたが、初めて新品の自分のグッズを手にして、それがうれしくて、ますます夢中になっていきました。

・・中学生のときに、テレビ出演されているのですね。

高橋 当時、「トランプマン」というマジシャンがブームになっており、フジテレビ「笑っていいとも!」の夏休み特別企画で、小中学生が出場するマジックコンテストが開催されることになりました。それに応募して、初めてのテレビ出演を果たし、さらにそこで優勝することができました。

オープンな雰囲気の講師室を訪れ、積極的に質問

・・河合塾に通うようになったきっかけを教えてください。

高橋 ヒロキさん

高橋 高校時代、生徒会長や演劇部の部長を務めるなど、いわゆる課外活動ばかりに熱中して、受験勉強はおろそかになっていました。志望大学では課外活動の実績が評価される推薦入試が実施されていたので、その入試に挑戦しようと考えていました。ところが、残念ながら、出願条件の評定平均値をわずかに満たすことができず、受験資格が得られなかったのです。一般入試で受験したのですが、不合格だったため、もう1年、河合塾に通って勉強することにしました。

 実は、もともと予備校には興味を持っていました。芸大志望だった兄が、何年も予備校に通っていましたし、少し回り道をしたした分人生に厚みが出るような気がしていたからです。

・・河合塾に入って、どのような印象を持ちましたか。

高橋 ちょっと癖があるというか(笑)、ユニークな講師が多かった印象です。マジシャンの世界にも同じようなタイプの人が多く、以前から馴染んでいたこともあって、私にとっては魅力的な方々ばかりでした。

 ポイントを突いた授業にも感動しました。細かい話ですが、それまでの私は、国語の読解問題で「次の文章を読んで、問いに答えなさい」とあると、文章を全部通読してから設問を読んでいました。問題を解くためではなく、普通に小説を読むような感覚だったわけです。授業で「まずは設問を先に読んでから、文章を読みます」と先生がさらっと言った一言に衝撃を受け、目からうろこが落ちたようでした。受験テクニックとも呼べないような、当たり前の取り組み方ですが、恥ずかしながらそうしたことがまったく身についていなかった私には新鮮で、急激に成績が伸びていきました。後期からは上位のクラスに移ることができたほどです。

・・成績が伸びた要因としては、授業以外で何かありますか。

高橋 講師室がオープンな雰囲気で入りやすく、積極的に質問、相談に訪れていました。私は小さい頃から、プロマジシャンと接する機会が多く、大人に教えを請うことに慣れていましたし、知らないことをどんどん吸収したかったので、講師の方々に積極的に質問、相談していました。それも成績が伸びた要因だと思います。講師の方々も生徒が質問に来るのを歓迎してくださっていました。完全に理解するまで真摯に教えてくださったことに感謝しています。

 また、自習室もよく利用しました。周りの誰もが集中して勉強に取り組んでいる、心地良い緊張感が好きでした。

強烈なインパクトがあった「エンリッチ講座」

・・そのほか、河合塾時代の思い出をお聞かせください。

高橋 ヒロキさん

高橋 時折実施される「エンリッチ講座」を楽しみにしており、できるだけ参加するようにしていました。この講座はいわゆる教養講座で、大学入試に直結するわけではないのですが、各界の第一線で活躍されている方々の話はすべて刺激的でした。特に強烈なインパクトがあったのが、佐藤雅彦先生が担当された講座です。佐藤先生は電通のCMプランナーとして、NECの「バザールでござーる」などを手がけ、「だんご3兄弟」の作詞・プロデュースでも知られるクリエーターです。当日は、新しい表現を作るための方法論やその頃開発中だったゲーム「I.Q.」の試作品も披露されるなど、興奮の連続でした。先生の話を聞いて、クリエイティブな世界へのあこがれの気持ちが高まったことが、その後の私の人生に大きな影響を与えました。後で詳しく話しますが、31歳のときに東京藝術大学大学院に進学したのは、同大学院の教授に就任されていた佐藤先生の研究室で学びたいという思いがあったからです。

 なお、プロマジシャンになった後、河合塾でお世話になった小論文の講師の推薦を受け、私自身もこの「エンリッチ講座」でマジックを披露することができたときは感慨深かったです。

大学卒業後、31歳で大学院に進学し、マジックと映像を融合させた作品を制作

・・1年後、青山学院大学文学部教育学科に入学されたわけですが、教育学を学ぼうと考えられた理由は何ですか。

高橋 教師と生徒の関係性は、マジシャンと観客の関係性に類似するところがあると感じたからです。教育学の学びはマジックにも生かせるのではないかと考えたのです。

 大学時代からマジシャンの事務所に出入りするようになり、テレビのドキュメンタリー番組で、マジシャンをめざす若者として紹介されたこともあります。卒業後はそのままプロマジシャンになったのですが、収入が安定したのは、2~3年経って、レストランでテーブル・ホッピング(テーブルを渡り歩きながらマジックを披露するスタイル)の仕事を得てからです。ちょうどその頃、マジックブームが起こり、テレビ番組でマジシャンが取り上げられるようになり、私も日本テレビ「ナイナイサイズ!」や、TBS「学校へ行こう!」など、さまざまなバラエティー番組に出演しました。

・・先ほど、31歳で大学院に進学されたということでしたが、どのような意識の変化があったのでしょうか。

高橋 ヒロキさん

高橋 私の中では、意識の変化、転換ではなく、マジックの延長として捉えていました。おもしろさを追究する方法として、それまでの私はマジックしか知らなかったわけですが、ほかにアプローチする方法があるのではないかと考えるようになったのです。それに、自分のマジシャン活動にちょっとした限界を感じるようにもなっていました。収入は安定してきたものの、毎回同じようにマジックを披露することが、いわばルーティンワークのように感じられ、このままずっと同様の活動を続けていくことに疑問を抱くようになったのです。加えて、科学技術の進展によって、私たちの身の回りに不思議な現象があふれていることにも気づきました。たとえばSuicaで改札が開くなんて、まさに魔法のような現象でしょう(笑)。そんな状況で、マジシャンという職業がこのまま成立するのか、疑問が生まれたのです。人々に不思議、おもしろいと感じてもらう方法は、マジックだけにこだわるのではなく、もっと多様なアプローチがありうるのではないか、それに挑戦したいと考えました。そのときに思い出したのが、河合塾の「エンリッチ講座」の佐藤先生の講演です。佐藤雅彦研究室でメディアデザインを研究したいという思いが生まれ、東京藝術大学大学院映像研究科に進学することにしました。

・・大学院ではどのような研究をされたのですか。

高橋 自分が面白いと感じる表現を追求していき、最終的にはマジックと映像を融合させた作品の制作に取り組みました。修了制作では、過去と未来を映像でつなぐパフォーマンス作品「Past Future」をつくりました。

「リアル脱出ゲーム」の企画・映像制作などに携わる

・・大学院で学んだことによって、その後の活動はどのように変化されたのですか。

高橋 ヒロキさん

高橋 活動の幅が大きく広がりました。大学院在学中に「リアル脱出ゲーム」(密室などの空間に実際に閉じ込められ、そこに隠されたヒントを参考に制限時間内に脱出する、参加型謎解きイベント。全国の遊園地やドーム、アジトと呼ばれる常設会場で開催されている)の存在を知り、これはおもしろいと思い、当時拠点になっていた京都まで主催者に会いにいきました。ちょうど次回の公演のタイトルが「マジックショーからの脱出」で、そこにマジシャンが会いに来たというので大歓迎されました(笑)。それをきっかけとして、このゲームの企画や映像制作などにも携わるようになりました。たとえば「魔法の部屋からの脱出」は私が企画したリアル脱出ゲームです。そのほか、佐藤先生が監修を担当されているNHK Eテレの番組「ピタゴラスイッチ」の1コーナー「ピタゴラ装置」の制作にも参加しています。

・・これまでの経歴の中で、河合塾で学んだことが役立っていると感じていらっしゃることはありますか。

高橋 努力が成果につながるという実感を得た経験が貴重だったと思います。その後、新たなことに挑戦するときに、素直に努力する姿勢が身につきました。

・・最後に、後輩たちへのメッセージをお願いします。

高橋 成績が伸び悩んだり、自分の将来が見えずに鬱々とした気持ちになったりすることもあるかもしれません。けれど、不安を抱えながらも進み続けることが大切です。河合塾の講師の方々は皆さん、教えるプロフェッショナルですから、信頼して目の前の課題に素直に打ち込めば結果につながるはずです。また、わからなくても教えを請えば講師の方々はとことん付き合ってくださるはずですし、多様な人生に裏打ちされた話に触れて、世界観も広がると思います。

高橋 ヒロキさん

Profile

高橋 ヒロキ(Hiroki Takahashi)

1978年生。小学生の頃からマジックに親しみ、テレビ等でも活躍。高校卒業後、河合塾横浜校大学受験科に1年在籍。翌1999年青山学院大学文学部教育学科入学。大学卒業後は、プロマジシャンとして活動を開始し、数々のテレビ番組に出演。2001年には「マジックの世界」と題した河合塾のエンリッチ講座にも出演。2009年、新たな表現方法の研鑽のため、東京藝術大学大学院映像研究科入学。2011年の研究科修了後は、マジシャンの枠にとらわれない、映像表現やイベント企画など、活動の幅を広げ、独自の路線を追求している。

大学受験科

高卒生および大学受験資格を有する方を対象とした大学合格を目標とするコース。クラスは志望大学やレベル別に分かれ、効率的なカリキュラムが組まれています。

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