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2021年度JCERIレポート寄稿
「2032年の学びと大学入試」

田中義郎(たなか・よしろう)先生顔写真

田中義郎
(JCERI理事・桜美林大学副学長)

教育機関の使命は人生構想の実現を支えること(1/4)

 今日、私たちは大きな転換点に立っている。

 それは、広義の高等教育、所謂、中等後教育(Post-secondary Education)での顕著な機能分化と行動指針の多様化である。伝統型大学、大衆化適応型高等教育機関、高等職能訓練型中等後教育機関という大きな三層区分の下で、其々の教育機関に期待される社会的役割が日々変化しており、その中で特に、産業的役割が強調されている。

 しかし、こうした教育機関の使命は、次世代の若者個々の人生未来構想における自己実現やOECDの「幸福度白書2020(How’s Life? 2020)」で語られるWell-beingの希求のための支援であって、豊かに成熟した社会では、人間一人ひとりの充実した人生構想の実現を支えることであり、必ずしも産業立国再生をゴールとする人材製造工場ではない。

 ということをまずは今回のテーマで2032年の学びを検討するにあたっての出発点とする。教育目的と社会的機能が異なるこれら三層区分の機能を一つの大学の中に組み入れることも可能である。または、これらの三つの機能のそれぞれの長所を共有し、短所を補完し合うことで、社会的機能を一層充実させることも可能であろう。後述するスワール(Swirl=渦巻き)学生は、そのような三つの機能を備えたプラットフォームで活躍でき、自己実現やWell-beingを追求し、充実した人生構想を描くことができるだろう。

 大学の未来を考えるとき、私たちは、未来における大学の役割への期待を検討の重要な視点に加えなければならない。高大接続と同様に大社接続の重点化は大切だが、近年は大産(大学-産業界)接続に政策的力点が置かれているように思える。

 これからの学びは、人生における「機会を如何に最大化するか」である。と同時に、「後悔を如何に最小化するか」という戦略的目的が若者たちの学びのプラットフォーム形成の基軸になるのだと思う。そして、重要なことは、そうした学びの経験が人生におけるWell-beingのレディネスとなることである。今日、タイトルに“Well-being”を冠する経済ジャーナルの数の増加は顕著である。

 こうした目的のための能力とは、自らの人生を長期的かつ鳥瞰的にシミュレーションする力とも言える。ある時点では実行不可能と思える「直感に基づく達成」も、長い人生の中で構想をすれば思いもよらぬ条件が揃い、実行できるようになるかもしれない。Latecomer(遅れてやってきた者)も機会を享受できるようにする仕組みができ、教育はその機会の享受の後押しをする機能を本来持っているはずである。

 だから、そろそろ日本型Innovative(革新的)大学の構想と実現に取り掛かることが重要である。その中で、大学入試が正常(創意と工夫を繰り返しながら)に機能し続ける唯一の方法は、大学での学びや生活やその後の人生(Well-being)が若者たちにとって魅力的、あるいは魅力的に見える状態であり続けることである。そうでなければ、大学入試は、人生において有期保険的な意味しか持たない無機質なトラッキング装置でしかないと言うことになってしまう。

2032年はどんな時代か(2/4)

 2032年という時代を概観してみよう。

 人生100年時代、「高学歴社会人生活」とはどのような期待に支えられているか? 広い意味で高等教育を修了した者が多数を占めることが日常となる2032年に向けて、高大接続、大社(大産を含む)接続等においては、適格選別を支援する選抜機能よりも付加価値共有を支援するマッチング機能が重要になるに違いない。これまでの大学は社会に出る前の最終教育機関として機能してきたように見えるが、大学は、学生が高学歴社会人生活を送る準備を十分に行い得ているのか、社会は、学生の人生構想における付加価値観の変化を想定できているかを含めて、検討する必要があると考えられる。

 大学の地域間の魅力格差を最小化し、個々の大学の魅力を最適化する。

 18歳人口は、2020年の116.7万人から、2032年には14.3万人減少して102.4万人となると予測されている(リクルート進学総研による)が、大学進学率は上昇すると思われる。2032年には大学進学率は70%を超えるだろうし、広義の高等教育進学率は90%を超えていることも予想される。地域によっては、働き方改革やテレワークの拡大の影響もあるだろうが、大学入学者の地元残留率は増加に向かうことが予想される。

 その結果として、人生の生活構想の変容や未来の労働環境の変化を見据えながら、全国のそれぞれの地元における魅力ある大学教育の供給が期待される。こうした地元残留の傾向は、地元(都会と地方)の大学間の魅力格差を最小化し、一方で、個々の大学の魅力を最適化することの必要性を示唆している。

 また、テクノロジーの有効活用も課題である。大学はもちろん、持続可能な社会の繁栄のために、新たに発見した有効なものは最適化し、最大限に活用するべきである。世界に目を向けると、多くの大学は、持続可能性に関連する研究と持続可能なキャンパスと運営の目標を設定している。それには、コロナ・パンデミックの経験の中で私たちが発見し獲得したテクノロジー知見を受容した以下の5つの取り組みが不可欠である。それらを如何に日本型にできるかも重要である。

  1. どこからでも学ぶ=より多くの人に教育が届くように(リーチャブル)する。
  2. コンテンツを個別化(パーソナライズ)する。
  3. 人間の相互作用を最適化する。
  4. テクノロジーを最適化し、主体的に活用する。
  5. テクノロジーで旅する日本型スワール(Swirl:渦巻き)学生、昔でいうトランスファー(モビリティ)学生を拡大し、支援し、最大活性化する。

ライフスタイルと大学教育の変化・変容と大学入試(3/4)

 さて、こうした時代の変化に直面して、2032年の大学入試の行方は、どうなるだろうか。そして、わが国のハイステイクス試験とそれによってのみ可能であると信じられてきた公平、平等な大学入学の機会の保障はどこに向かうのだろうか。

 前提として、大学生がライフスタイルの変容を受容することである。コロナ禍にあって、大学も学生も対面授業の減少を憂い、キャンパス生活の欠落を嘆いているが、それは大学生のライフスタイルの変容の時代の到来として受容することに意味があるのかもしれない。

 こうした新たな、革新的な大学教育システムが機能するためには、教育によるWell-beingを支えるプラットフォーム形成が必要となる。学生たちに期待されているグリット(やり抜く力)やレジリエンス(回復力、しなやかな強さ)だけでなく、彼らを支える支援者(メンター:教員、親、友人、善意の支援者などの重要な他者)たちのジェネラティビティ(未来世代育成力)が極めて重要な役割を担うに違いない。

 テクノロジーの活用を受け入れることによって希薄化したように感じる人間の相互作用は社会ジェネラティビティの効用によって補完され、最適化されるものと考える。そこで新たな大学教育モデルが必須である。

 革新的大学教育のグローバル潮流に乗る入試はいつ実現するだろうか?

 大学入学共通テストは10年後も現在の形で実施、運営されているだろうか? 大学教育の変化と変容のグローバルな潮流を受けて、わが国の入試は高校教育の集大成の到達度測定から、革新を続ける大学の学修システムや授業形態に参加するためのレディネス測定へと移行することはないのだろうか?

 教育とは、学習者が困難な状況に直面し、問題に対する満足のいく解決策を考え出す能力を実感する考え方を身に付けることである。

 たとえばハーバード大学における教育の今日的革新である人気No.1コース:コンピュータサイエンス入門。この講義で、教室に学生たちは出席していない。講義は、商業テレビのクオリティに匹敵する機能を備えたマルチカメラ形式で記録され、ほとんどの学生がオンラインで視聴し、イェール大学にも同時に提供している。今日のテクノロジーおよび社会的環境の下で可能な、新たな方法として創出された前例のない履修モデルである。学習管理は厳格で、学生は膨大な課題に取り組み、学習サポートが必要な学生は、多くのティーチングアシスタント(TA)による週10時間の双方向型リモート支援を活用できる。

 このような革新的教育実践が現実となった時代には、現行のわが国の大学入試の形では大学教育のレディネスを測るには不充分である。

どのような評価を大学入学許可の判断基準にするのか

 最後に、わが国の大学入試では、ハイステイクス試験に代わり形成的評価の結果を入学許可の判断基準に積極的に活用できるようになるだろうか?

 高大接続と大社接続と人生構想の有機的相関が大学入試および制度の行く末を左右するのではないのだろうか。わが国の大学入試は長年、選抜試験として機能してきた。わが国の大学入学試験が公平かつ平等であるために、学校教育の範囲内で「教科」で管理された知識と経験とそれらに基づく想像力で、学びの達成度による相対評価を通じて合否を決める試験制度が効果的であった。そこでは、想定された単一の解答を見つけることで点数を積み上げる到達度選抜が有効であった。

 一方、単一の結論を得る前に、考えられるすべての解決策を探求し、アイデアをブレインストーミングした後に、より創造的かつ効果的に問題を解決するプロセスを経て育成された分析力、批判的思考力、判断力、表現力、情報調査力等の能力レベルを測るような形成的評価は、大学教育レディネスの測定にたいへん有効だろうが、時間と労力、そしてコストも掛かる。

 未来からの期待に向き合っているのはどちらだろうか。

 ただし、形成的評価では、学生個々人の学校教育外での人生の経験知の蓄積が結果的にある程度含まれてしまうのも事実である。わが国の大学入試の概念が革命的に変わることになるとは言え、私たちが期待する未来の大学教育のあり方に向かってどのような入試の形がより適切であるかを判断の基準にするべきである。

 2032年、複雑な相互依存関係に立つ現代世界では、自分の知識や人生を広い視野のもとに位置づけることのできる学生こそが、他の人々や、われわれの共通の住みかである地球との協力関係を持続可能な繁栄、さらには、人生のWell-beingの希求に導くことが可能となる。



田中義郎(たなか・よしろう)
 桜美林大学大学院教授・副学長(国際・キャリア担当)。学校法人桜美林学園理事。UCLA教育学大学院博士課程修了(Ph.D.,1985)。2013-20年UNAI国連アカデミックインパクト・SDGsプロジェクト推進ディレクター。2014-21年IAUP(世界大学総長協会) Executive Committee Member。教育成果の測定・評価に関するアメリカ大学共同研究プロジェクトおよびUCLA=CRESST、UCLA国際教育開発研究センター国際アドバイザー、EWC=APHERP(East West Center = Asia Pacific Higher Education Research Partnership)Executive Committee Member、韓国KEDI(Korean Educational Development Institute)中等教育におけるリベラルアーツプログラムの開発に関する国際アドバイザー、等を務めてきた。専門は、比較・国際高等教育学。主に、大学教学マネジメント、大学入試制度デザイン、高大接続、大学カリキュラムの分析、開発、運用、評価を国際比較およびグローバルスタンダードとの距離感を軸に研究している。

※所属・役職は2022年3月時点のもの

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