学校と社会をつなぐ調査最終調査直前イベント
実施レポート(4):登壇者によるディスカッション
続いて、溝上先生のファシリテーションにより、Q&Aに寄せられた質問も取り上げながら、登壇者によるディスカッションが行われた。ここでは、溝上先生が投げかけた質問について、先生方の回答を紹介する。
吉野先生:高校段階で見取りは物理的に困難。生徒に寄り添う大学入試を
新学習指導要領や観点別評価などの方向性について、高等学校では取り組めているか。
公立校では教育委員会との関係からやらなければという雰囲気があるが、私学では観点別評価への疑念が大きい。一般の教員は学習指導要領への理解はあっても、評価が変わることを理解していなかったり、校長や教務などは理解していても、これまで通りで良いと思ったりしている先生が圧倒的に多いと感じる。
建学の精神を教員間で共有し、非認知能力を育む鷗友学園でも、観点別評価導入は困難か。
文部科学省は、観点別評価について「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」はペーパーテストでも良いが、「学びに向かう力・人間性」は先生が生徒をしっかり見取るようにと要請している。高校現場としては、40名のクラスを抱える今の労働環境では、授業の中で個別のアセスメントをする時間がなく、個別の見取りを評価の前提にするのは厳しい。また、eポートフォリオは、教員も生徒も一所懸命に取り組んできたものの、共通テストへの記述式問題導入や英語民間試験と同じく頓挫した。あれは何だったのかというトラウマがあり、観点別評価にいま取り組んでも、そのうち方向が変わるのではないかという疑念もある。
大学入試のあり方について、アドミッション・オフィスの充実に何を具体的に望むか。
高校段階では、教員が生徒の学習状況を見取るのは困難。そのため大学入試では、実際は生徒による自己評価の集積によって自己推薦する形式になると考える。そのためには、生徒たちのメタ認知能力を育てる必要もある。自己評価は個人内絶対評価であり、一人ひとり違うものになる。大学のアドミッション・オフィスは、その違いを単純に数値化して並べて切るような選抜ではなく、生徒の学びと成長に寄り添うような大学入試にしてほしい。
知念先生:どのような資質・能力を基準に考えるのかで、見える風景が変わる
地元に滞在する「地元志向」の学生は、成長論の観点からは学び成長が少ないが、SESやジェンダーの視点からどうみるか。
例えば「コミュニケーション・リーダーシップ力」は、就職活動の満足度に相関が高い。都市圏に移動して、コミュニケーション能力を発揮して就職し、上へ昇っていく構図は分かりやすく、評価もしやすい。一方、「他者理解力」は、SESが低く、地元志向の学生が高い傾向がある。進学先の大学の入学難易度や就職活動を振り返った満足度にマイナスに働くものではあるが、それは自分が厳しい環境にあるから周りの他者の厳しさも理解できるということではないか。人が生きていく上では「他者理解力」は必要で、そこに着目すると、また見える風景が変わってくる。都市圏に移動した学生に足りない能力も見えてくるだろう。
データの分析はできるが、それをどう解釈するかが重要。その解釈を誤ると間違った政策の根拠になりかねないので、このような場で議論することが必要だと思う。
柏木先生:幼少期からの環境整備が必要。地元を出ていかない幸せの選択肢も
「地元志向」について、地域移動の視点からはどうみるか?
地域移動の視点からは、3点考えるべきことがある。
1つ目は、幼少期に家庭や周りから適切な資源が提供されていないと、小学校入学前の段階で認知能力の差ができてしまっている点だ。そうした子どもは諦めることに慣れ、意欲を高められない。大学進学という選択肢があることさえ知らず、ましてや地域移動して大学進学することに考えが及ばない状況にある。大学進学時ではなく、幼少期からそうした環境を整える政策が必要だ。
2つ目は、「交友通信タイプ」の地元志向が強いという結果が出ているが、人間にとってローカルな仲間・集団のつながりは重要だ。それを超えて新たな関係形成を後押しすることも大切だが、ローカルな関係の中で生きる考え方もありではないか。キャリア形成とは別次元だが、そこで幸福と感じている人もいる。
3つ目は、子どもが地元志向を強めるというよりも、保護者、学校や塾の先生、地域住民の指導の影響が大きい。地元の生き残りをかけて「帰ってきて」もあるが「出て行かないで」も多く、地元から出て行かせない進路指導もあると聞く。経済発展から幸福へと価値意識の変化を唱える論調もあり、地域政策との関係も考えていく必要がある。
まとめ
最後に、溝上先生から最終調査のポイントと、その後に向けたビジョンが語られた。
職場適応や能力など仕事・社会でのパフォーマンスについて、25~29歳の社会人を対象に調査した結果を紹介(参考)。「勤勉性」「外向性」「経験への開かれ」の3つの特性が、「組織社会化」「能力向上」「資質・能力」に影響しており、特に「経験への開かれ」は、いずれにも強く影響していた。これらの特性は、学校教育で育む学習態度とも対応しており、アクティブラーニングや探究、プロジェクト学習では、このような特性が求められる。これまでの高校・大学段階の調査でも、これらに相当する変数をとっているので、最終調査では、高校・大学での学習態度が、いかに仕事・社会で高いパフォーマンスを発揮する力につながっていくのか。このことが、トランジションの1つのポイントとなることを示したい。この10年間の調査の取り組みを基礎として、これからの10年間は、高校、大学それぞれの立場で、果たすべき役割、何が必要かという実践への落とし込みの議論を重ねていきたい。
※所属・役職は開催当時のもの
※このページは日本教育研究イノベーションセンター(JCERI)によって制作されました。