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「私と河合塾」-OB・OGが語る河合塾-: Vol.34 (2011年2月公開)

  • 医師・医療関連
  • 大学受験科
医師 藤原 弘明さん

与えられた情報を的確に分析し、<br />相手に伝えるトレーニングを積んだことが日々の診療にも役立っています

  • 社会福祉法人三井記念病院
    内科 医師

    藤原 弘明さん

    出身コース
    大学受験科

出題者、採点者の立場で解説される授業

・・小学生時代の一時期、東南アジアで過ごされたのですね。

父の仕事の関係で、小学校3年生から2年間、インドネシアに住んでいました。その頃、マングローブ林が次々に伐採され、海老の養殖畑になっていく様子を目の当たりにして、子ども心に衝撃を受けました。自然と人間の共生に興味が生まれ、将来、環境保全関係の仕事がしたいという気持ちが芽生えました。その思いは続き、高校2年生の時に、理科で物理か生物のいずれかを選択することになった際にも迷わず生物にしました。担任の先生からは、志望校の選択の幅が狭まるから、物理にした方がいいと勧められたのですが、自分が学びたい科目だからと希望を通しました。現役の時は、農学部系志望ということで、東京大学理科二類一本に絞って受験。残念ながら不合格になり、浪人することになりました。

・・東京大学理科三類に志望変更されたのは、どの時期ですか。

高校3年生の3月、父が倒れて入院したことが1つのきっかけになりました。深夜にもかかわらず、懇切丁寧に対応する医師の姿に感銘を受け、以来、将来の職業として意識するようになったと思います。また、理科二類に不合格になった時、得点開示を求めたところ、もう一歩で合格点に達していたこともわかりました。これから1年間頑張れば、1ランク上もめざせるのではないか。せっかくなら目標は高めに設定した方がやる気も出るに違いない。そう考えて、浪人生活をスタートさせた時点で、東京大学理科三類をターゲットにすることにしました。

・・河合塾を選んだ理由は何ですか。

私は高校生の時は、夏期講習以外は塾に通っていませんでした。そのために情報が不足していたことが、不合格の要因になったと感じていました。独学だと、単に力任せに学力を高めようとするだけになってしまいます。けれども、大学入試を突破するためには、戦略も求められます。予備校に通えば、どの分野の問題を解く力をどの程度まで高めればいいのかが具体的にわかり、きちんとしたプランニングのもとに勉強を進めることができるので、もう一段階上の学力が備わるはずだという期待感がありました。

高校時代に通った夏期講習の授業の印象が良かったこと、模擬試験で配布される解答・解説の冊子が、他の予備校と比較して、丁寧で、説明がわかりやすかったことが河合塾を選んだ決め手になりました。

・・河合塾時代の思い出を聞かせてください。

河合塾に通って最もよかったと思うのは、仲間に恵まれたことです。「東大クラス」にはさまざまな高校から東大志望者が集まっています。特に当時の駒場校には、全国各地から多くの学生が集まってきていました。遠方の高校出身者は覚悟を決めて上京しています。私の出身高校では、当時、周囲にそれほど東大志望者が多くなく、「井の中の蛙」だった私にとっては、切磋琢磨する仲間ができた環境は刺激的でした。

・・印象に残っている授業はありますか。

数学の授業ですね。苦手だった数学の力を大幅に伸ばすことができました。というのも、それまでの私は、正解を導き出すことしか考えておらず、部分点の存在すら知らなかったのです。先生方は、出題者、採点者の立場に立って、「この問題が20点の配点だと仮定した場合、自分ならば、この部分まで解けていたら何点、この部分には何点と配分する」ということを教えてくださいました。

・・正解に到達できそうにないからあきらめるのではなく、部分点を稼げるようになったわけですね。

当たり前のことのように感じられるかもしれませんが、当時の私にとっては新鮮でした。また、段階を踏んで、正解に至るまでのプロセスが解説されることによって、自分が不足している部分も把握することができた気がします。そのほか、国語や生物の授業でも、そうした解答のプロセスを重視した授業が行われていました。記述式問題の多い東大の二次試験では、どの問題も完全正解することは難しい面があり、配点の構造を考えながら解く習慣が身についたことは、とても有効だったと思います。

また、国語の論説文の授業では、人の意見を読み解いて(読解)→きちんと理解して(内容把握)→相手に伝える(解答の記述)ポイントを教えられました。それは後で述べるように、現在、医師として患者さんと接するうえでも役立っています。

机に向かい続けることでしかスランプからは脱出できない

・・成績は順調に伸びていったのですか。

夏までの模試ではA・B判定でしたが、秋口にスランプに陥りました。ずっと勉強を続けていると、どうしても煮詰まってしまう時期がありますね。

・・伸び悩みの解消方法として有効だったものはありますか。

いったん勉強から離れて、ゼロの状態にしてリセットしようと考えました。つまり、まったく勉強しない1日を作ろうとしたのです。ところが、遊んでいても、この時間がもったいないと焦りが生まれるだけで、まったく楽しめません。勉強していた方がずっと気が楽だとわかりました。そこで、その後は、どんな状況であっても机に向かい続けようと決意しました。最終的に勝負を決めるのは、どれだけ勉強したかなのですから……。

それから、チューターや友人たちの励ましも支えになりました。受験生ですから、友人たちとは、一緒に昼食をとったり、誘い合って帰る程度でしたが、そんな時の些細な会話であっても、孤独感はかなり解消されるものです。自習室で、それぞれ得意な科目を教え合うこともよくありました。ただし、さまざまな悩みに直面した時に、同じ時系列を走っている仲間に相談しても、なかなか答えが出ないこともあります。そういう場合は、積極的にチューターに相談するようにしていました。チューターは、たくさんの受験生の成功例、失敗例を見てきていますから、「そんな時は、こういうパターンだけには陥ってはいけないよ」といった感じで、とても的確なアドバイスをしていただきました。

患者とのコミュニケーションのために幅広い教養が求められる

・・一浪後、見事に東京大学理科三類に合格されたのですね。大学時代の思い出を聞かせてください。

医学部バレーボール部に所属し、主将を務めたのですが、個性的な部員が多くまとめるのが大変でした(笑)。しかし、医学以外のことで自分の上下の学年に繋がりをもてたことは大きなプラスになったと思いますし、他大学の部員の方々とも交流があって、総じて将来の自分の財産になる貴重な経験が出来たと思っています。

授業では、教養学部の科目が印象に残っています。自分の好みに合わせて、語学、哲学、教育学などを受講しましたが、今から振り返るともっと積極的に色々な科目を履修しても良かったかなとも思います。というのは、東大の教養科目は、他大学の医学部内の一般教養科目と比較すると、メニューも多彩ですし、レベルも内容の深さもきわめて充実しているからです。医師は患者さんと接する際に、病気の話ばかりしているわけではありません。音楽や美術、時には宗教など、さまざまな話題に対応できる引き出しの多さが要求されます。私は現在、消化器内科を担当しており、患者さんのほとんどが人生の先輩です。医学のプロとして研鑽を積むだけでなく、そうした患者さんたちとスムーズにコミュニケーションを図るためには、幅広い教養が必要になります。今後も、意識的にさまざまな分野の話題にアンテナを張っていきたいと考えています。

・・大学卒業後の経歴を聞かせてください。

卒業後は、秋葉原にある三井記念病院で、医師としてのスタートを切ることになりました。2年間の初期研修で、内科系を中心にさまざまな診療科を経験し、現在は3年目の内科医師として日々診療に当たっています。研修医は先輩医師の補助というスタンスの研修病院が多い中、三井記念病院では、先輩医師らと共に診療に当たる一人の責任ある医師としての姿勢が常に求められ、厳しい環境ではありましたが、2年間で非常に多くのものが得られたと思います。

・・今後、どのような医師をめざしたいと考えていらっしゃいますか。

一人ひとりにベストの診療が行える医師になることが目標です。同じ病気であっても、その人が生きてきた背景、社会的な状況、家庭内の立場などによって、表出の仕方は異なります。個々の状況をきちんと踏まえて対応できる力を高めたいと考えています。

・・医師の仕事に、河合塾で学んだことが生きていると感じられることはありますか。

先ほども申し上げたように、国語の授業で身につけたことが大きいですね。与えられた情報を的確に分析し、ポイントを絞って伝える。それは、インフォームドコンセントの重要性が指摘されるようになっている現代の医師の業務に直結する能力でもありますから。

自分の頭で考えて行動する習慣を身につけることが大切

・・後輩へのアドバイスをお願いします。

自分の頭で考えて行動する習慣を身につけることが大切です。河合塾に任せきりでも、チューターに頼りきりでも、仲間で群れているだけでもいけない。自分で計画を立てて、自分で分析して、結果には自分で責任を持つという気持ちが必要です。もちろん、そのうえで悩みが生じたら、講師やチューターに相談すればいいのですが、何も考えないままでは、いいアドバイスも得られません。

それから、逆境の時にどれだけ頑張ることができるのかで、人間としての真価が問われるとも思います。成績が伸び悩んだ時、単に落ち込むのではなく、必死で試行錯誤して、乗り切る手立てを自分なりに考える。厳しいようですが、強い気持ちで頑張ってほしいと願っています。

・・最後に、保護者へのメッセージをお願いします。

医師として現場に出てみると、高校・大学で成績が良かった人間が必ずしも高いパフォーマンスを発揮できるわけではないということがわかります。患者さんだけでなく、同じ職場の方々とのコミュニケーションも重要で、また時には苦境を自分なりに克服していく力も大切です。自分を省みての反省でもありますが、そういった能力というのは日々の生活全体の中で蓄積されていくもので、案外、「叱られて学ぶ」という点も多いのかもしれません。もし自分に子供が出来たら、人生の先輩として、そのような面で指導できる父親になれたらいいなと考えています。

Profile

藤原 弘明 (Hiroaki Fujiwara)

藤原 弘明(Hiroaki Fujiwara)

1983年東京都生まれ。2001年3月、私立芝高等学校卒業後、河合塾駒場校大学受験科に通う。浪人を機に、東京大学理科二類から理科三類に志望変更。2002年4月、東京大学理科三類に入学。同大学医学部卒業後、2008年4月より、社会福祉法人三井記念病院で、内科の初期臨床研修医として勤務。2010年4月より、同病院で後期臨床研修医として勤務中。

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