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「私と河合塾」-OB・OGが語る河合塾-: Vol.60 (2013年6月公開)

  • 教育・研究者
  • 高校グリーンコース
  • 大学受験科
田中 綾乃さん

河合塾の授業でヘーゲルの弁証法に触れ<br />「知」を探究する喜びを知ったことが<br />哲学研究者としての出発点になっています

  • 三重大学
    人文学部准教授

    田中 綾乃さん

    出身コース
    高校グリーンコース
    大学受験科

型にはまらない「知的なおもしろさ」が感じられる授業

・・河合塾に通うようになったのはいつ頃からですか。

中学生の頃から夏期講習に通っていました。高校1年生からは高校グリーンコース、さらに高校卒業後の1年間は大学受験科でも学びましたから、"河合塾っ子"といってもいいぐらい、長い期間通いました。

最初のきっかけは、おそらく両親に勧められたからだったと思いますが、河合塾での学びは、私にとって、とても楽しい時間でした。高校では、所属した演劇部の活動に熱中し、部活動のために高校に通っているような感覚でいましたから(笑)、高校の授業には興味が持てず、あまり真面目に勉強するタイプの学生ではありませんでした。ところが、河合塾の授業は、型にはまらず、多角的な視点で物事を見ることができる「知的なおもしろさ」を感じられる授業ばかりでした。初めて「勉強って、本来、おもしろいものなのだ」という意識が芽生え、それからは少しずつ真面目に勉強するようになっていきました。

・・印象に残っている授業を教えてください。

河合塾の講師は皆さん、強烈な存在感を持っていらっしゃいました。とくに国語の牧野先生は、常に社会の矛盾に対してアグレッシブに闘う意識を持った方で、日本社会のさまざまな問題点について熱く語ってくださいました。バブル経済の盛り、およびそれが崩壊した後もその余韻に浸る時代を過ごしてきた私たちにとって、先生の話はとても刺激的で、考えを深めるきっかけになったと思います。

日本史の松村先生も印象に残っています。大阪弁でフレンドリーに語りかけてくる先生で、学生の目線を大切にされていました。授業では、知識を一方的に教え込むのではなく、学生に要点を繰り返し質問することで、学生が授業内容を理解しているかを確認しながら進められました。大好きな授業でしたから、私はいつも前列の席に座っていました。質問されて答えられないと恥ずかしいので、事前に十分に予習して臨むようにしており、だんだん実力がついていきました。入試本番では、受験したすべての大学で、日本史は満点近かったと確信しており、大きな得点源になりました。

チューター(進学アドバイザー)の励ましの言葉が、勇気を奮い立たせてくれた

・・そのほか、河合塾時代の思い出を聞かせてください。

他の高校の友人がたくさんできたことがよかったですね。帰りに喫茶店でおしゃべりを楽しんだこともいい思い出です。受験生の時期は、ときにはリラックスする時間を作ることも大切で、友人の存在はとても貴重です。当時の河合塾での友人とは現在でも交流が続いています。

また、チューター制度も、河合塾の素晴らしい制度だと思います。今でもよく覚えているのは、入試直前に、「不合格になったらどうしよう」という不安感でいっぱいになって、チューターに相談したことです。そんな私にチューターは「自分に自信を持って、大丈夫という気持ちで臨めば、何とかなる。必ず道は開ける」と、励ましの言葉をかけてくださいました。それでふっと気持ちが軽くなりました。自分を温かく見守ってくれる人がいるという思いが、勇気を奮い立たせてくれたのです。それ以前にも、チューターからは学習面や生活面に関する有意義なアドバイスをいただいていたのですが、何年たっても記憶に残っているのは、最後の励ましの言葉ですね。チューターは受験生の精神的な支えになる素敵な存在なのだと思い、大学入学後は、私がその役を務めたいと願い、河合塾で学生スタッフとしてアルバイトをしました。

・・東京女子大学文理学部哲学科に入学されたわけですが、哲学を勉強しようと思われたきっかけは何でしょうか。

私は中学生の頃から演劇をやっていて、いわゆる演劇少女でしたから(笑)、最初は演劇系の学科を志望していました。ところが、高校2年生の頃から、人間の内面に興味を持ち始め、哲学と心理学のどちらを学ぼうか、迷いました。とはいえ、当時はまだ哲学と心理学の違いが何なのかですら、よく分かっていなかった気もします。高校3年生になって、哲学科志望に絞ったのですが、それは河合塾の英語科の玉置先生との出会いが大いに影響しています。先生の英語の授業は、実践に基づきながらも、時に観念的で、いま思えば、非常に哲学的な授業でした(笑)。ある時、ヘーゲルの弁証法について話をされたことがあり、「アウフヘーベンって、かっこいい思想だろう」と……。その話を聞いて、漠然とですが、ヘーゲル哲学にあこがれの気持ちを抱き、大学で哲学を専門的に学びたいと思うようになっていったのです。

・・大学時代に力を入れたことを教えてください。

高校時代、劇作家で演出家の野田秀樹さんにあこがれていました。私が大学に入学した頃にはもう野田さんが主宰する「夢の遊眠社」は解散していたのですが、少しでもその香りの残る劇団に入りたいと思い、「夢の遊眠社」が活動拠点にしていた東大の駒場小劇場の劇団に所属しました。役者のほか、演出も経験し、そのうちにプロの役者をめざしたいという気持ちになり、公演のオーディションなども受けていました。

劇団の活動が忙しく、あまり真面目な学生ではなかったのですが、専門の哲学の授業だけはきちんと出席し、勉強していました。哲学者が考えてきた思想は、人間が抱える本質的で普遍的な問題を扱っており、しかも強靱な論理に支えられた思想なので、時代が異なっても不変の真理に迫っています。それに触れることが楽しかったのです。ただ、私は、玉置先生の影響で、ずっとヘーゲルを研究したかったのですが、大学の指導教授から、「ヘーゲル研究をするためには、ヘーゲル哲学に影響を与えたカントを学んだ方がいい」と助言され、ゼミではカントの『純粋理性批判』を読みました。しかし、カントの思想は難解で、まったく理解できない状況が続きました。そこで、卒論では改めてヘーゲルの「カント批判」をテーマに選びたいと考えました。そのことを指導教授に相談したところ、「ヘーゲルはカントの一番の理解者だから、カントを批判することができた。カント批判をテーマにしたいのなら、まずはカントを理解することが重要だ」と諭されたのです。それで、半分意地になって、カントを一生懸命勉強することを決意しました。 すると、不思議なことにだんだんとカントがおもしろくなって、カント哲学が理解できるようになってきたのです。そして、気づくとカント哲学の魅力にどっぷりとはまり、そこから抜け出せなくなり、そのまま現在でもカント研究を続けています(笑)。

哲学研究と演劇批評を両立させることでバランスが図れる

・・現在、三重大学人文学部で担当されている授業は何ですか。

「ヨーロッパ地中海の思想」「哲学概論」などを担当しています。心がけているのは学生の目線に立った授業です。これは先ほど申し上げた河合塾の松村先生の授業スタイルに影響を受け、一方的な講義ではなく、相互性のある授業をめざしています。そもそも哲学は、ギリシャ時代のソクラテス以来、「対話」を通して、哲学的な営みが行われてきました。それ故、私の授業でも学生との対話を図りながら、授業を進めています。また、哲学は何か知識を教えるのではなく、当たり前だと思っていることを問い直し、「自分自身で考える」ことが哲学ですから、学生にはそのような哲学的思考法を身につけてほしいと思っています。

その一方で、学生時代から関わってきた演劇の批評も手がけています。一言に「演劇」と言っても、古典芸能から現代劇まで様々な種類の舞台芸術があります。私は、現代劇を中心にしながらも、いまでは歌舞伎や文楽といった古典芸能の解説も行っています。とくに、歌舞伎では、歌舞伎座などのパンフレットの解説や見どころを担当しています。そこでも、心がけているのは、古典に馴染みのない若い人や歌舞伎初心者でも理解しやすいような解説です。

・・哲学研究と演劇批評のお仕事を両立させるのは大変ではありませんか。

哲学という学問は、哲学書や研究書を読解しながら、抽象的なテーマを頭のみで思考していくものです。哲学だけを突き詰めていくと、ちょっと煮詰まってしまう面があります(笑)。他方で、演劇をはじめ舞台芸術は、身体を使って劇場に行き、想像力や感性を働かせながら観劇するものです。私にとっては、抽象的で論理的な思考作業である哲学と、身体性や感性を用いて享受する演劇の両方に関わることで、ちょうどバランスを図っている感じがしています。

・・これまでのご経歴の中で、河合塾で学んだことが生きていると感じていらっしゃることはありますか。

そもそも私が哲学の研究者になった原点が河合塾の学びにあったことは間違いありません。河合塾の授業で、「知」を探究することの喜びを感じたこと、とくに玉置先生の授業でヘーゲルの弁証法に触れたことが、研究者としての出発点になったわけです。それまで演劇への興味一辺倒だった私に、知の広がりと奥行きを与えてくれたことに感謝しています。

・・最後に、河合塾の後輩受験生たちにメッセージをお願いします。

河合塾は、大規模な予備校であるにもかかわらず、先生方もスタッフも生徒に対してとてもきめ細やかに対応してくださり、アットホームな雰囲気に満ちています。不安に押しつぶされそうになったときは、チューターが温かく支えてくれます。そんな環境をフルに活用して、一生懸命頑張ってほしいと願っています。河合塾での経験は、単に受験のみに役立つのではなく、将来の進むべき方向に示唆を与えてくれるはずです。

Profile

田中 綾乃さん

田中 綾乃(Ayano Tanaka)

1973年愛知県生まれ。中学3年次に河合塾千種校夏期講習に通う。河合塾千種校高校グリーンコース、大学受験科を経て1993年東京女子大学文理学部哲学科(現 現代教養学部人文学科哲学専攻)へ入学。2008年同大学院博士課程終了(人間文化科学博士)。東洋大学「エコ・フィロソフィ」学際研究イニシアティブの研究助手を経て、現在は三重大学人文学部准教授(哲学)として、また演劇批評や歌舞伎解説者としても活躍中。

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