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「私と河合塾」-OB・OGが語る河合塾-: Vol.122 (2021年11月1日公開)

  • その他
  • 大学受験科
養蚕農家  浅井 広大さん

複数の語学を学ぶことで<br />視野が広がることを教わり、<br />青年海外協力隊に参加したことで<br />農業の道を進むことになりました。

  • 養蚕農家

    浅井 広大さん

    出身コース
    大学受験科

ほぼすべての科目の力を伸ばすことができた

・・・大学受験科ではどんなことが印象に残っていますか。

 高校時代は塾には通っておらず、高3の11月までアメリカンフットボールに打ち込んでいたこともあり、現役合格は諦めていました。ですから高校の先輩の評判が良かった河合塾で、ほぼすべての科目の力を伸ばしてもらったと思っています。
 現代文では、得点につながるような読み方ができるようになり、センター試験の物理もしっかり対策してもらえました。京大の独特な英語も、出題傾向に合わせた指導でかなり実力を伸ばすことができました。
 英語を教えてくれた講師の中には、大学でドイツ語やフランス語を教えている方がいて、「今は英語で苦しんでいると思いますが、大学でいろんな言語に触れると、世界が違って見えてきますよ」とおっしゃった言葉がとても印象に残っています。

*在籍していた河合塾駒場校は、2008年4月から東京都文京区に移り、河合塾本郷校となっております。

多くの言語を学び、4年間で20回近く海外を訪問した

・・・大学時代は、どんな活動に力を入れていましたか。

浅井 広大さん

京都大学時代、ラオスで視察

 京都大学の経済学部に入学して1年くらいは、図書館に入り浸り本ばかり読んでいましたが、2年からはさまざまな授業を受け始めました。農業にも興味があり、農学部の単位が認められていたため、農学部の授業にも出席しましたし、農学部の先生の焼き畑の調査に同行し、アフリカ・カンボジア・ラオスにも視察に行きました。
 同時に、河合塾の講師の言葉に誘われるかのように、フランス語やロシア語、ベトナム語、ラオス語などを習い始めました。海外に目が向いていたので、河合塾マナビスの進学アドバイザーのアルバイトで貯めたお金で、4年間で20回近く発展途上国ばかり訪問しました。

青年海外協力隊に参加し、ネパールで活動した

・・・卒業後の経緯について教えてください。

 農業が主体となっているような国々を数多く訪れ、尊敬できるような農家の方々と出会ったこともあり、農業と関わるような仕事をしたいと思うようになっていました。ただ、実際に住んでみないとわからないだろうと思い、青年海外協力隊に応募することにしました。
 青年海外協力隊の合否発表の時期が遅いため、一応就職活動もしましたが、卒業前に協力隊から採用通知が届いたため、そのまま協力隊に参加することにしました。農業や語学の研修を経て1月からネパールに赴任し、キノコの栽培普及活動に2年間従事しました。
 帰国後は国内の企業に就職する予定でしたが、帰国3ヶ月後にネパールで地震が発生し、自分が活動していた村が壊滅的な被害を受けたことを知りました。居ても立ってもいられずに就職を諦め、外務省の復興支援プログラムに参加して、ネパールの復興支援活動に1年間携わりました。

  • 浅井 広大さん

    青年海外協力隊でネパールにて農業支援活動(田植え)

  • 浅井 広大さん

    青年海外協力隊でネパールにて農業支援活動(肥料づくり)

養蚕農家を増やし、養蚕の可能性を広げたい

・・・現在のお仕事と、将来展望についてお聞かせください。

 復興支援活動中は、支援プログラムの受託先であり、協力隊の研修でもお世話になったNPO法人自然塾寺子屋に所属していました。その活動拠点である甘楽富岡地区は、養蚕農家の高齢化が進み、養蚕技術の継承が危ぶまれていたのですが、もともと第一次産業に興味があったことから、養蚕に携わるのもいいのではないかと思うようになりました。
 そこで、甘楽町長が立ち上げてくれた総務省の「地域おこし協力隊」のメンバーとして3年間、養蚕農家のもとで研鑽を積むことにしました。現在、養蚕農家とし独立して3年目ですが、昨年からようやく軌道に乗ってきつつあります。
 養蚕は生糸の原料を提供するほか、繭のタンパク質が医薬品や化粧品などの分野に貢献するなど、可能性を持った産業です。作業のない冬場は野菜栽培で収入を確保するなどの養蚕農家のモデルを確立させたいと思っており、今後も、養蚕仲間を増やすような活動を積極的に行っていくつもりです。

  • 浅井 広大さん

    養蚕(お蚕に繭をつくらせる作業)

  • 浅井 広大さん

    養蚕(繭がしっかりつくられているか確認)

計画的に物事を進めていく基礎を河合塾で学べた

・・・河合塾での経験が、現在につながっていることはありますか。

 先輩農家の方から口を酸っぱくして言われるのが、「段取り八分」という言葉です。入念な準備こそが大切だという意味ですが、準備段階では、自分の弱点がどこにあるのか、それを埋めるために、どんな予習・復習をしていけばいいのかを常に考え続けた浪人時代の経験が生きています。
 また、「カイコはケイコ(稽古)」という言葉もよく聞きます。河合塾の講師から言われた「一生、自分で学び続けなければだめだ」との言葉とも呼応しており、これからも深く噛み締めていきます。

Profile

浅井 広大さん

浅井 広大(Hiroo Asai)

 1988年東京都生まれ。都立西高等学校卒業後、特別スカラシップ生として河合塾駒場校の大学受験科に入塾する。翌年2008年に京都大学経済学部経済学科に合格し農業経済を専攻する。京都大学卒業後、青年海外協力隊としてネパールでキノコ栽培の普及に従事する。帰国後、ネパール地震の復興支援に尽力する。群馬県甘楽町の町長の薦めで、「地域おこし協力隊」のメンバーになり、養蚕研修を受け、養蚕業の発展に力を注いでいる。

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