「私と河合塾」-OB・OGが語る河合塾-: Vol.128 (2022年8月22日公開)
- 教育・研究者
- デザイン・アート関連
- 河合塾美術研究所
基礎専攻で感じた<br />ものづくりへの<br />エネルギーを<br />信じ続けていきたい
-
福山大学
人間文化学部メディア・映像学科教授安田 暁さん
- 出身コース
- 河合塾美術研究所
普通に進学することへの反抗もあって、芸術の道へ
・・・なぜ、河合塾美術研究所に通うことになったのですか。
『写真の中と外に入る』(2022)より
普通に進学することに疑問を感じるタイプでした。美術やデザインの世界に興味はありましたが、美大は、幼い頃からトレーニングを積んだ人が進学する場所だと思っていたため、悶々としていました。
高2のとき、高校に置いてあった進学資料のなかに河合塾美術研究所の夏期講習の案内を見つけ、直接訪問して確認すると、受付の方が笑顔で「全然そんなことはないですよ」と。その言葉に勇気をもらい、夏期講習を受けることにしました。
最初の授業の講師は、現在、水彩画家として大活躍の永山裕子さんでした。「もっと立体的に見なきゃ」と、さっと僕の絵に木炭を走らせると、あっと言う間に立体的にしてしまったのです。びっくりすると同時にやはり1人でやっていてはだめだと痛感し、2学期からも通うことにしました。
当初は普通の大学受験も考えていましたが、高3になるタイミングで美術の道に絞ることに決めました。親は「逃避ではないのか」と猛反対しましたが、最後は受け入れてもらいました。
作品をつくって生きていくエネルギーに感化された
・・・河合塾美術研究所では、どのような思い出がありますか。
『写真の中と外に入る』(2022)インスタレーションビュー
浪人時代も含め2年半河合塾美術研究所に通いましたが、強く印象に残っているのは高2の基礎専攻の授業です。作品を作って、発表している先生方がほとんどで、ギャラリーに連れて行っていただくこともあり、いろいろなジャンルのさまざまな作品に触れることができました。何か作品を創って発表していくという生き方があることに強い感銘を受けたことを覚えています。
高3からはデザイン・工芸専攻に移りましたが、ここでもやはり先生方からものづくりのエネルギーのようなものを感じ、感化されていきました。
受験勉強からの逃避ではなく、本気でやっているのだということを証明するためもあって、現役時代は志望大学を東京芸術大学1本に絞りました。はやく合格したいとは思いつつも、先輩たちを見ているうちに、このまま受かってしまったら後が大変なのかも…と弱気になる自分もいました。東京芸術大学に一浪で合格できたのは、素直に美術研究所のおかげだと思っています。
写真の技術を身につけ、作品で勝負していこうと考えた
・・・東京芸術大学時代は、どのような活動に力を入れたのですか。
『写真の中と外に入る』(2022)より
デザイン科に入学し、課題にはそれなりに一生懸命取り組んでいましたが、自分の方向性には悩み続けました。当初はインダストリアルデザイン志望でしたが、受験期間にグラフィックデザインの方に興味が移っていました。
最後まで卒業後のイメージが持てなかったこともあり、もう少し学びたいと思い大学院に進学することにしました。そこで写真の技術を身につけ、写真やグラフィックのコンクールで賞を取ったこともあり、写真とグラフィックなど、写真+αの形で作品を創って生きていければいいと思うようになりました。
いろいろな仕事を転々とした後、大学教員に
・・・大学院修了後の経緯について教えてください。
“Bergen van Nederland (Mountain in the Netherlands)”(2018-2020)より
写真の技術を生かして雑誌のカメラマンなどをしながら、作品を創って持ち込む生活でアートの世界に関わっていこうとしました。最初は良かったのですが、あまり上手く展開することができませんでした。そこで、いったんアートの世界から離れることにし、以前から付き合いのあった造形屋さんで働くことにしました。テーマパークやイベント会場などの造作物を手がける仕事です。大学院を出てから5年くらいでようやく食べられるようになったという感じでした。
そんなあるとき、アーティストとして活躍しながら河合塾美術研究所のデザイン科の講師をしている美術研究所時代の友人から、美術研究所のパンフレットの写真を取らないかと声がかかりました。それをきっかけに、「自分のもの」をつくる世界に再び魅了されることになり、やがてデザイン科の講師としても働くことになり、その後、縁あって東京芸術大学の教育研究助手に採用されました。
大学の教員になったことで、芸術作品を生み出す喜び以外に、研究という観点から作品の制作やメディアを考えていくおもしろさも感じるようになり、現在では作品を創りつつ、福山大学で研究と教育を行うという生活を続けています。
予備校で感じたことを大切にしてほしい
・・・後輩に向けてメッセージをいただけますか。
現在の自分があるのは、間違いなく河合塾美術研究所の基礎専攻で感じたエネルギーを信じ続けたことだと思っています。美術研究所は通過点でしかありませんが、技術以外に、何か心に残るものと出会える場所でもあります。それを大切にしながら、活躍の道を切り拓いていってください。
-
安田 暁(Akira Yasuda)
1973年愛知県生まれ。筑波大学附属駒場高校の2年次から河合塾美術研究所東京校に通い、東京芸術大学美術学部デザイン科に合格する。1999年同大学大学院美術研究科修士課程デザイン専攻を修了する。東京芸術大学美術学部先端芸術表現科の教育研究助手、非常勤講師を経て、現在は、福山大学人間文化学部 メディア・映像学科で教授を勤め、現代美術、写真、デザインなどの分野で創作活動を行いながら、後進の育成にも力を注ぐ。<br />以下のURLをブラウザーに貼り付け、webサイトをご覧ください.<br />webサイト http://www.akirayasuda.net/
同じコースのOB・OG
同じ業界のOB・OG