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未来のマナビフェス2018 実施報告vol.2基調講演「2030年の学び 世界の議論、日本の動向」
『Competencies and Curricula in 2030』

登壇者:白井俊(文部科学省)

基調講演は「2030年の学び 世界の議論、日本の動向」をテーマに、文部科学省初等中等教育局教育課程課教育課程企画室長の白井俊氏とOECD(Organization for Economic Co-operation and Development:経済協力開発機構)シニアアナリストの田熊美保氏の2人が登壇した。

白井 俊(しらい・しゅん)
白井 俊 氏(文部科学省)

はじめに登壇した白井氏の講演は、「Competencies and Curricula in 2030」と題して、「コンテンツからコンピテンシーへ」という世界的な流れを紹介するとともに、日本の教育課程における「エージェンシー」の問題を解き明かし、さらに「アクティブ・ラーニングの本質とは何か」、「AI時代の教育の在り方」へと展開していった。

教育においてコンテンツ重視からコンピテンシー重視にいたった世界の流れ

まず、白井氏は「コンテンツからコンピテンシーへ」という動きに関しては、次のような流れの中で理解する必要があると指摘する。

日本では2003年にPISA(Programme for International Student Assessment:生徒の学習到達度調査)において、他のOECD加盟諸国と比べて読解力などが極めて低いという結果が出て、いわゆる「PISAショック」、つまり今までの日本の教育は間違っていたのではないかという衝撃が走った。

しかし、全国学力・学習状況調査の実施、総合的な学習の時間の創設など、知識の活用を意識した取り組みを推進してきたことなどを背景に、2012年のPISAで日本は読解力と科学的リテラシーが加盟国中で1位、数学的リテラシーが2位となり、2015年にも科学的リテラシーと数学的リテラシーが1位、読解力が6位と好成績を維持していることはよく知られている。

またOECDはPISAと同時にDeSeCo(Definition and Selection of Competencies:Theoretical and Conceptual Foundations)プロジェクトを始めており、ここでキー・コンピテンシーという概念が打ち出された。

キー・コンピテンシーとは、人生の成功と持続可能な発展のために人々が持つべき、「知識や技能だけではない能力群」のことである。そして、このキー・コンピテンシーの概念提示を受けて、各国における教育で21世紀型スキル、21世紀型コンピテンシーなどと呼ばれる能力が打ち出されるようになり、コンテンツ重視からコンピテンシー重視へ、アウトプット重視からアウトカム重視への変革がめざされてきた。

日本も参加するEducation2030プロジェクト Well-Beingをめざして生きる力の育成を

このような世界的な流れに対して日本は遅れているわけではない、と白井氏は指摘する。実際、ニュージーランドやオーストラリア、韓国、シンガポールなどは、コンテンツ重視の教育からコンピテンシー重視の教育に国を挙げて切り替えているが、日本でも既に90年代後半の、俗に「ゆとり教育」と呼ばれるカリキュラムにおいて、「総合的な学習の時間」の導入など「探究」を志向しており、またそれを引き継いで「学力の3要素」や「資質・能力の三つの柱」が打ち出されるなど、その意味では先行していたと言える。

ただし、白井氏によると、キー・コンピテンシーに対しては「難しすぎる」「どう活かせばよいか、わからない」という批判も生じていたという。そのような声も踏まえ、2015年にスタートしたEducation 2030プロジェクトでは、2030年における「Well-Being」(個人や人間関係、社会が良好な状態にあること)をめざして、キー・コンピテンシーに加えて、キー・コンピテンシーの育成につながるカリキュラムやペタゴジー(教育方法学)を考えるためにOECD「Education 2030 Learning Framework」を生み出し、現在、取り組んでいるのである。

ここで提示されているコンピテンシーの概念は、知識・認知・情意・態度などに要素分解されるが、日本における学力の3要素と重なるところが大きい。そもそも、コンピテンシーの本質は場面に応じて必要なことを統合し問題解決していける力、つまり「生きる力」そのものだということである。

DeSeCoのキー・コンピテンシーが打ち出された際には日本は議論に加わっていなかったが、現在のEducation2030には日本も参加し、相互に意見を出しあい、協働で進めていると白井氏は紹介する。

自ら考え、主体的に行動して、責任をもって社会変革を実現していく力=エージェンシー

「エージェンシー(Agency)」は、Education2030の重要なキーワードであり、「自ら考え、主体的に行動して、責任をもって社会変革を実現していく力」のことである。「オートノミー(Autonomy)」や「主体性」といった言葉もあるが、エージェンシーは社会変革を実現していくために「責任をもって実行する」という意味を持つ点で異なる。

そして白井氏は、このエージェンシーは教育基本法第二条第三項や学習指導要領解説総則編でうたわれている内容とほぼ同じものであると指摘する。ただ、日本では法律や学習指導要領でうたわれてきても、実際には必ずしも注目されたり、重要視されてこなかったという経緯もある。

では、それはどのような場面で発揮されるものなのだろうか。例えば、不必要に重いランドセルを持って登校しなければならない。それぞれの授業の都合が子どもたちに押しつけられて昼食をとる時間すらない。あるいは、必要のないことまで厳格に規制するブラック校則など。こうした課題に対して、児童や生徒が疑問を持ったとしたら、声をあげて変革しようとするのがエージェンシーを備えた子どもとしての行動である。

しかし、日本では教員が「前例がない」などと生徒の意見を聞こうとしなかったり、児童生徒も声を出しにくい場合も多い。こうした変革が可能になるためには、Student Agencyが必要であるだけでなく、教員の側のTeacher Agencyも不可欠なのだ。

このように見てみると、エージェンシーとは子どもたちに育成すべき能力というだけでなく、われわれすべてが、これからの社会を形成していくために兼ね備えているべき重要な資質・能力の一つだということが分かる。

教科の専門性と教育の専門性 今、教員に問われる2つの能力

次に「アクティブ・ラーニング」を推進するためには、教員が教育の専門性を磨くことがより重要になってきていると白井氏は語る。

教員の専門性とは、教科の内容についての専門性のことだと限定的に理解されがちだった。しかし、「主体的・対話的で深い学び」にせよアクティブ・ラーニングにせよ、それを授業を通じて生徒に実現していくためには、子どもたちについての深い理解が不可欠である。例えば、どの程度まで理解しているか、どこでつまずいているか、どの程度まで興味を持っているのか、といったことに配慮しなければ、アクティブ・ラーニングは困難である。

つまり教員は教科についての知識の専門家であることは勿論、子どもを理解する専門家であることが必要だという当たり前のことこそが、アクティブ・ラーニングの本質なのであると指摘する。

会場の様子

最後に「AI時代の教育の在り方」については、白井氏は次の点を強調した。2045年にはAIが人間の知能を超える「シンギュラリティ」が取りざたされている。今ある人間の仕事の何割かはAIに取って代わられるという議論もある。

新井紀子教授が行っている、AIを東京大学に合格させる「東ロボくん」というプロジェクトもあるが、ある模擬試験を「東ロボくん」が受験したところ、成績は受験者の上位20%に入り、国内の6割以上の大学に合格できるという結果が出た。しかし東ロボくんは東京大学には絶対に合格できない。なぜなら東京大学の二次試験が論述だからである。そして、このことはかなり本質的なことを示している。

つまり、定型的なことはAIに代替可能だが、人間にしかできないことはたくさん残っており、それを担うための能力を育成する教育のあり方こそが問われているのだ、と強調して白井氏は講演を締めくくった。


※本文中の所属・役職などは開催当時のもの

※このページは日本教育研究イノベーションセンター(JCERI)によって制作されました。

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