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未来のマナビフェス2018 実施報告vol.6テーマセッション【アクティブラーニング】
「これまでのAL、これからのAL —予測不可能な社会×授業での『マナビ』を考える—」

登壇者:森朋子(関西大学)

アクティブラーニング(以下AL)の提唱を契機として、今日、教授-学習のパラダイムは大きな転換の時をむかえている。こうした大転換を、私たちはどのように経験してきたのだろうか。ALの「これまで」を振り返ることで、予測不可能な社会を生きるために必要となる「これから」のALへの展望を描きだすことが本セッションの課題である。

学習を中心として教育や学校の改善に取り組むことの意義

森 朋子(もり・ともこ)
森 朋子 先生(関西大学)

冒頭、本セッションの登壇者である関西大学の森朋子教授は、自己紹介を交えながら、学習を中心として教育や学校の改善に取り組むことの意義を以下のように語っている。

「私の研究の特徴は生徒や学生を対象としていることにあります。つまり、先生方がどのような授業をつくっているかではなく、生徒や学生の『わかる』というプロセスやその構造を解明することを課題としてきたということです。

こうした研究の強みは、学習者に直接的にアプローチできるということにあります。教育を良くしようとするとき、教員や学校組織を改善していくというアプローチが一般的です。ですが、学習者がどのように学んでいるのかを解明することができれば、生徒たちの学びをダイレクトに開発するというアプローチも可能になります。

また、学習を問題解決の中心に据えることで、教員同士のビリーフの違いが衝突を起こすのを避けられるというのも大きな利点です。学習者の学びをより良いものにすることは、教員にとってゆるがすことのできない目的ですが、この目的に共同して取り組む際に、ビリーフにかわって共通の土台となるのがデータやエビデンスなのです。データがすべてと言いたいわけでは決してありません。さまざまな学習論、AL論が言われているなかで、学習を中心にして議論する際の共通の土台としてデータやエビデンスが有効だということなのです」

本セッションでは、認知科学、脳科学、学習心理学の知見から「これまでのAL」を振り返るとともに、そこで見えてきた課題を乗り越える方途として、「わかる」プロセスを生み出すコツが紹介された。その上で、予測不可能性の高まるこれからの社会において求められる学びのあり方について、各参加者の多様な視点からの意見交換がなされた。

これまでのAL —どんな課題が見えてきたのか—

大学、高校を問わず今日ALの取り組みはいっそう広まりをみせている。しかし、同時にALの課題が山積されているのも事実である。森教授が今までに関わった800強の授業研究の結果からは、次のような課題が見えてきたという。

まず挙げられるのは、既有知識だけでディスカッションをしているために議論が深まらないという課題である。「私はこう思う」というやりとりだけで、ディスカッションがいっこうに深まらないという状況は、活動は一見アクティブだが、思考の深化が伴わない授業の典型であろう。

さらに皮肉なことに「教員が一番アクティブ」になってしまうという事態もめずらしくはない。大学での事例だが、1回の講義(90分)で教室内を移動した距離が2キロにもおよんだという先生もおられたという。それぞれのグループに同じような説明や補足をするためにせわしなく動き回ることになった経験がおありの先生方も少なくないのではないだろうか。

そこでグループワークの構造化が重要になってくるわけだが、実は、そこにも学びを不活性にしてしまう大きな罠があるという。それは、「構造化しすぎ」ることによってはまってしまう罠である。

グループワークを取り入れたALにおいてはフリーライダーが出てしまうことがよく問題として挙げられる。しかし、フリーライダーを出さないために、「あなたは○○の係、あなたは××を担当」というようにワークを割り当てててしまうと、自分が任されたことしかせず、かえって学びが深まらなくなってしまうこともあるという。

加えて、高校の場合には、いつも同じクラスメイトで学ぶことが多く、役割の固定化がいっそう生じやすくなる。会場の参加者からも、生徒同士の関係性が学びの質を規定してしまうことに課題を感じているという声がよせられた。

これからのAL —予測不可能な社会に向けて—

以上のような課題を抱えながらも、「マナビ」のあり方が変容を迫られていることにはかわりはない。

今ある職業の多くが2030年にはなくなり、求められる職能が大きく変わるだろうという予測がなされていることはすでによく知られているが、その関心の大半が、どの職業がなくなり、どの職業が残るかということばかりに向けられているのはいささか的外れであろう。

これからの「マナビ」を考える際に重要なことは、これまでの「一生の定番−いい学校からいい会社に入りそこで仕事を全うする−」が変わるということであり、それに向けて求められる「知識」や「賢さ」の内実が変わりつつあるということである。

とりわけ「知識」については、学校に行かなければ得られないものではなく、インターネット等を使って必要に応じて獲得しうるものになっている。こうした中で、授業を通して学ばれるべき事柄も自ずと変化する。

つまり、「知識・技能」といったいわゆる「見える学力(学んだ力)」の育成だけでなく、「知識・技能を獲得する能力」といった「見えにくい学力(学ぶ力)」や、「関心・意欲・感性・自己肯定感」などの「見えない力(学ぼうとする力)」までを射程に入れた授業デザインが求められているのである。

では、これからの社会に向けた新たな授業デザインを構想する際に、これまでの好事例からどのようなヒントが得られるのだろうか。

森教授が行った一万人規模の授業調査(注)の結果によれば、うまくいっている授業には共通して4つのコツが隠されているという。

第一のコツは、授業における内化と外化を「内化:外化:内化=1:4:5」を目安に構成することである。ポイントは最初の「内化」にある。最初の「内化」の段階で「わかったつもり」を作り出すことで、次につづく「外化」の活動で「わかったつもり」から「わかった」が生まれるというわけである。

第二のコツは、内化→外化→内化に合わせて、個人→グループ→個人という形でグループワークを活用することである。グループで外化を行うことで生まれる葛藤や躊躇、失敗や疑問が「第二の内化」でのより深い思考の素地となる。

第三のコツは、事前学習に関するものだ。すでに挙げた二つのコツを構造化した手法として反転学習が有名であるが、そのポイントは事前学習の内容にある。というのも、事前に取り組む課題は単語調べのような学習の一部分に関わるものではなく、教科書を読んでくるなどの学習の全体をざっくりと理解するような課題の方が、「わかった」を生み出すのに効果的だという。

そして第四のコツは、「安全・安心なクラス作り」である。先に述べたように外化を通じてより深い「わかった」へと至るプロセスでは葛藤や失敗が重要な要素となっている。そうした葛藤や失敗ができる安心感や信頼関係の重要さは強調してもしすぎることはないだろう。

会場の様子

ALの課題と改善へのヒントを共有した上で、本セッションの最後では参加者それぞれが2040年の「マナビ」を構想し、対話する時間が設けられた。

ワークシートに示された1800年から今日に至るまでの学習の系譜に、参加者はそれぞれの新たな「マナビ」の構想を書き込む。森教授からは2040年の学習のキーワードとして「越境する学び」が、参加者からは「創造的な学習」「共生的な学習」などが挙げられた。学習のプロセスを明らかにするミクロな視点と、予測不可能な社会を見据えたマクロな視点が交差する地点で、異なるバックグラウンド(高校・大学・企業)をもつ参加者による豊かな対話が生まれた。



※本文中の所属・役職などは開催当時のもの

※このページは日本教育研究イノベーションセンター(JCERI)によって制作されました。

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