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2020年度 第1回 対話のひろば 実施レポート学びを止めるな!-コロナを越えて、学びと働き方を考える-

2020年5月31日 実施

新型コロナウイルスの感染拡大は、私たちの生活のあらゆる場面で大転換をもたらしている。教育の世界では、卒業式や入学式の中止に始まり、オンライン授業などの学習保障への対応など、「学び」の環境やその形が大きく変わろうとしている。しかし、このような教育の大転換は、感染拡大防止のためだけではなく、未来の新しい教育のあり方として議論され続けるべきではないだろうか。

このような問題意識のもとに、2020年度の第1回目の「対話のひろば」は「学びを止めるな!-コロナを越えて、学びと働き方を考える-」をテーマとして、初めてオンラインで開催された。話題提供者は、学校法人桐蔭学園理事長の溝上慎一先生と立教大学教授の中原淳先生、そして司会は都留文科大学講師の山辺恵理子先生である。現在のコロナ禍の中でも精力的に研究と実践について発信を続けている二人が話題提供することもあり、定員はこれまでで最大の300人であったが、定員を大きく超える申し込みがあり、この問題意識が広く教育関係者の中で共有されていることが示された。以下、当日の様子をレポートしたい。

プログラム  ※所属・役職は開催当時のもの

  • 話題提供1 アフターコロナの「働き方」と「学び方」  立教大学教授 中原淳先生
    • ◆ 参加者同士の対話 1-ブレイクアウトセッション-
  • 話題提供2 ブレンディッドラーニングの視点からアフターコロナの学校教育を考える  学校法人桐蔭学園理事長 溝上慎一先生
    • ◆ 参加者同士の対話 2-ブレイクアウトセッション-
  • 鼎談
    • 中原淳 先生 × 溝上慎一 先生 × 山辺恵理子 先生

話題提供1 アフターコロナの「働き方」と「学び方」  立教大学教授 中原淳先生

立教大学教授 中原淳先生
立教大学教授 中原淳先生

まずは、中原淳先生からの話題提供。テーマは「アフターコロナの『働き方』と『学び方』」である。

(1)現状認識を一致させなければ、(2)現状を解釈し、(3)アクションをやりきることができない。だから、まずは現状認識を一致させることの重要性から話が始まる。

中原先生自身の認識は、新型コロナウイルスとの闘いは「短距離走」ではなく「長距離走」であり、第二波・第三波の可能性があるというもの。そのような世界では、コロナ禍はもともと存在している問題を「白日の下に晒す」と指摘する。例えば、OECD生徒の学習到達度調査(PISA)でも明らかになっていた、日本では教育におけるICT利用が遅れているという事実を、図らずもコロナ禍は暴き出したというように。しかし、コロナ禍もすべて悪いことばかりではない。良い面は「問題解決を加速化させる」ことであり、また「ポストトラウマティック・グロウス(Posttraumatic Growth:外傷後成長)」を遂げる可能性が大きいということだ。

次に、コロナで働く現場はどう変わるか、という点について。アフターコロナでは、教育機関で育成する能力と、仕事を為すための能力水準のギャップが拡大すると指摘する。そのギャップとなる能力は主として、以下である。

  1. ITスキル
  2. 自分を伝える力
  3. 自己調整スキル(セルフモニタリング)
  4. オンラインで他者と協働する力

このような働く現場の変化に応じて、教育現場では何が求められるのか。第一に「学びを止めないこと」、そして第二に「学びを革新すること」である。特に印象に残ったのは、中原先生が「『学びを止めない=オンライン授業をする』ではない」と指摘した点だ。子どもたちに、生活のリズムを提供したり、子ども同士のつながりや教師から見守られている感覚を持たせたりすることも、重要な学校の役割である。これらを総合して「学びを止めない」ことが重要だという。

そのうえで、これから求められる「学びの革新」とは、分散登校の平常化+オンラインを併用する「ブレンディッドラーニング」で効果の高い学習を進めることである。教育機関にいる間から、仕事の世界で「フレキシブルワークで高度化」することに備える学びが必要である。こう中原先生は締めくくった。

参加者同士の対話 1 -ブレイクアウトセッション-

中原先生からの話題提供を受けて、本来は参加者がグループに分かれ対話する「ブレイクアウトセッション」が予定されていたが、技術的問題によって移行できず、休憩時間後に溝上先生からの話題提供を続けることになった。その間に、いったんZoomが終了して、参加者は再エントリーが必要になったが、事務局からのメールによるアナウンスもあって、300人を超える参加者のほぼ全員が再エントリーして再開された。

話題提供2 ブレンディッドラーニングの視点からアフターコロナの学校教育を考える  学校法人桐蔭学園理事長 溝上慎一先生

学校法人桐蔭学園理事長 溝上慎一先生
学校法人桐蔭学園理事長 溝上慎一先生

溝上先生からの話題提供のテーマは「ブレンディッドラーニングの視点からアフターコロナの学校教育を考える」である。中原先生が最後に述べられた「ブレンディッドラーニングを進めよう」を受けたものだ。

まず、これまでのブレンディッドラーニングの発展の経緯と限界が、eラーニング、MOOC(大規模公開オンライン講義)、反転授業等として語られた。そのエッセンスは、ITの発展により授業・学習への適用可能性は十分に示されてきたが、学校や大学全体での組織的・カリキュラム的な取り組みには至っておらず、取り組みたい教員や部門が部分的に取り組んでいたに過ぎないということである。

そこで、今回のコロナ禍を経験しての新しい挑戦が問題となる。ブレンディッドラーニングによる新しい戦略は、知識提供はできるだけオンライン学習とし、対面学習では外化や深い学び、資質・能力の育成を中心にすべき、というものだ。

特に印象的だったのは、ブレンディッドラーニングにおいては学習の個別化を積極的に推進することが強調されている点である。「みんなで一緒に学ぶ」から「みんなで学ぶ&個別に学ぶ」に移行することで、理解の早い生徒も遅い生徒も自分のペースで学べるようになる。

また、主体的でなければオンライン学習は進まないという指摘も、印象に残った。

参加者同士の対話 2 -ブレイクアウトセッション-

溝上先生からの話題提供の後に、参加者同士のブレイクアウトセッションに移行した。テーマは、両先生からの話題提供を受けて「日本の教育・学校はどう変わるのがいいと思うか」である。

あるグループでは、次のような話題があった。

オンライン授業になることで「学びたいことだけ学べる」「オンデマンド授業だと何回でも聞けるのでよく分かる」という意見が子どもたちから聞かれるようになったらしい。このことを巡って、「これでは教師は不要ともなりかねない」という意見が出される一方で、「生徒たちが学ぶべきことは世界に溢れており、それをコーディネートするのがこの時代の教師の役割ではないか」という意見が出されていた。また、「オンライン授業だと、必要なことだけを話すことになりがちだが、敢えて雑談をする、生徒に雑談をさせるということも重要だ」という指摘もあった。

10分程度のブレイクアウトセッションであったが、こうした意見が交わされる機会が設けられることは重要だと思う。全体のセッションではチャットでの発言も終始活発であったが、そのことも含めて、このようなインタラクティブな場が設けられることが、オンラインでの学びにとっても重要だと実感した。

鼎談 中原淳 先生 × 溝上慎一 先生 × 山辺恵理子 先生

中原淳 先生×溝上慎一 先生×山辺恵理子 先生
中原淳 先生×溝上慎一 先生×山辺恵理子 先生

最後に、再び全体でのセッションとして、中原先生、溝上先生、山辺先生による鼎談が行われた。鼎談はチャットでの発言や質問を拾って、山辺先生が2人に投げかける形で進んだ。

「自由にアクセスを任せる、個別化されたオンライン授業は、格差を広げてしまう。だからこそオンライン学習では教師が生徒により多くかかわるべき」と中原先生。「しかし、そうなるとオンライン学習の方がより手間が大変になり、教師の労力が増えて、その力量が問われるのでは」と山辺先生。それに対して、溝上先生は「一人ひとりにたくさんのコメントを返すことよりも、『かかわった感』をどう作るか、それがわたしたちの授業力の開発課題だ」と返す。

さらに、「これからグループワークなど対話を伴う学びは可能になるのか」という問いに対しては、溝上先生は「オンライン授業の中では、対面授業でのノンバーバルな情報が落ちる分、より認知情報処理的に対話をしないといけないということ、それが教員に求められる力として培っていかないといけない」と応答。

中原先生は、「コロナ禍が一時的ならグループワークや実験等は後でやる。コロナ禍が恒常的になるなら、カリキュラムや教育の手法を見直すしかない、つまり実験の代わりに徹底したシミュレーション等で代替していくことが必要だ」と語る。

山辺先生からは「組織としてはICT活用に向かうべきだが、教員個人ができることとして、対面授業に戻れるならば、紙面上で対話するサイレントダイアローグ等のアナログ世界に戻ってみることもありうるのでは」と提案があった。

議論は盛り上がり、最後に山辺先生から「教師個人ができること、組織でできる・すべきこと」について問われると、溝上先生が「個人でできることは、やればいい。負け戦でも逃げない。10個やって3個成功すればいい。それが大切。他方で、私立学校はお金があるが、公立学校はお金がないからできないというのは間違い。限られた条件のなかで取り組んでいる学校はある」と語る。チャットには「溝上節!」と書き込まれるが、いつもの熱のこもった話で盛り上がる中、終了の時間を迎えた。

オンラインでの初の「対話のひろば」であったが、2時間半があっという間であった。教育関係者にとり、コロナ禍の中での教育を展望するという切実なテーマを真剣に語り合うことを通じて、大きな示唆が得られたのではないだろうか。


※このページは日本教育研究イノベーションセンター(JCERI)によって制作されました。

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