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未来のマナビフェス2019 実施報告vol.1オープニングセッション
「みんなではぐくむ学びの未来」

登壇者:溝上慎一(桐蔭学園)

2019年8月21日、東京工科大学蒲田キャンパスにて「未来のマナビフェス2019」が幕を開けた。高校教育関係者、大学教育関係者、企業の人材育成担当者などの参加者が全国から詰めかけ、会場は2日間にわたる学びへの期待感に包まれている。河合塾副理事長の河合英樹氏が開会の挨拶を述べた後、未来のマナビフェス実行委員長である溝上慎一先生によるオープニングセッションが開かれた。

みんなで学びをはぐくむために

溝上慎一(みぞかみ・しんいち)
溝上慎一 先生(桐蔭学園)

台風の影響を受けプログラムの短縮を余儀なくされた昨年度のマナビフェスから1年を経て、無事に2回目の開催を迎えられたことに対する謝意と、集まった参加者と出会い(あるいは再会)が実現したことの喜びが述べられ、溝上先生によるオープニングセッションが始まった。

さっそくウォームアップとして、グループワークのテーマを提示した。参加者たちは3人1組のグループに分かれ、自己紹介を兼ねたワークを開始。全国から会場に足を運んできた教育関係者、企業の人材育成担当者などさまざまな分野の参加者たちは互いに顔を合わせ、各々の話に耳を傾け合った。1人1分ずつの自己紹介を兼ねたウォームアップの終了を告げると、溝上先生から学びにおける聞き手の姿勢の重要性が説かれた。

挙げられたポイントは「(1)お互いの顔・目を見る」「(2)スマイル」「(3)適度にうなずく」の3つ。学び合う関係づくりはここから始まる。やってみれば簡単なことに思えるが、アクティブラーニングの実践においてすら、生徒学生同士の向き合い方が看過されていることがしばしばあるという。だが、「お互いの協力があってこそ、学習内容が深められていく」ということに立ち返るならば、上述の3つはシンプルだが非常に重要なポイントである。

個-協働-個の学習サイクルの重要性

自己紹介での他愛もない会話とは一変して、続けて行われたワークはマナビフェスの核心にある問いに迫るものであった。「『2030年(以降)の社会』について思い浮かぶキーワード・事柄をすべて挙げてください」という溝上先生からの問いかけに応えるように会場の雰囲気も真剣さを増していく。まずはこの課題について個々人で考える時間が設けられた。2030年は遠い未来なのか、意外と近い未来なのか、それぞれが思い描く2030年がワークシートに書き出されていく。3分間ほどの「個のワーク」が終わると、グループでの対話の時間が設けられた。うなずき合ったり、熱心にメモをとったりしながら、それぞれが思い浮かべた2030年の社会についての「協働のワーク」が展開していく。

実はここにも学びが生まれる仕掛けがある。協働的な学びは、「個のワーク」から始まる。最初からグループで話し合うのではなく、個人の思考の時間があってはじめて、「協働のワーク」で自分の見方と他者の見方とのあいだに重なりとずれが生じる。その重なりを足場として、ずれに向き合うとき新しい気づきや学びが生まれるのである。

個から協働へ、そしてまた個へ。このサイクルにおいて、ワークシートは学びを支える役割を果たす。言い換えれば、考えを紙に書き出すという「外化」すなわちアウトプットが、普段意識していなかったようなより深い考えに気づく契機となるのは、こうしたサイクルにおいてであるとも言えるだろう。さらに、より複雑な課題など、設問の内容によっては個のワークの時間を長く設定することで、記憶の深層部に眠っていた考えや、日常生活において埋もれてしまっていたような知識を掘り起こすことも可能になるという。

以上のように、実際にワークに取り組むことで、「個の学習」と「協働の学習」とを繰り返す学習のサイクルがアクティブラーニングの基本形であることを、多くの参加者が実感する時間となった。

2030年を見据えた学びに向けた転換をめざして

続いて話題はこれから始まる2日間のマナビフェスをつなぐキーワードとなる「2030年(以降)の社会」へと移っていく。2016年に出された中央教育審議会の答申(注)でも示されているとおり、近年、グローバル化やビッグデータ、人口知能(AI)の活用などによる第4次産業革命など、10年前には考えられなかったような激しい変化が起こっている。周知の通り、2030~40年までに半数近くの仕事が自動化されるだろうとの予測が立てられていることからも、社会の変化は今後ますます加速していくと考えられる。こうしたなかで、複雑で予測不可能な社会において、子どもたちが自らの人生を生き抜く力を培っていくことが求められているのである。

これまでの時代を生きてきたその経験を活かしながらも、「現在見えていない事を想像する」ことこそが重要なのであると溝上先生は強調する。戦後の近代社会において機能していたのは「アウトサイドイン(適応)」の力学だった。しかし1990年以降は「インサイドアウト(自己形成)」の力学へと移行してきたという。求められる知識や技能が明確であった時代とは異なり、予測できない未来に対応するためには、受け身的に処するだけでは不十分である。自ら課題を発見し、主体的に向き合い取り組んでいくために必要な資質・能力を育んでいかなければならない。

大きな社会の変動のただなかで、私たちは学校教育の社会的機能自体の見直しを迫られている。「教授パラダイム」、すなわち、知識は教員から学生へと一方向的に伝達されていくものとされていた旧来の学校教育のあり方から、生徒学生を中心とした学習の中で知識を構成し、創造し、獲得していく「学習パラダイム」へ。2030年の社会を見据えた議論は、こうしたダイナミックなパラダイムシフトなくして構想することができないという溝上先生の提言とともに、その構想においては学校教育関係者ではなく、社会を形成するさまざまなセクターとの対話と協力が不可欠であるという思いが、参加者と共有された。

語り合い深め合う学び

本セッションでは、以上で述べたパラダイムシフトが希求されているなかで、先駆的な取り組みを行っている小学校・中学校・高等学校の実例(静岡県の県立高校および市立高校の取り組み、京都府南丹市立園部中学校の取り組み)も紹介された。特に、溝上先生が着目するのは教師の意識の在りようについてである。ここで紹介された学校に共通しているのは、校長を初めとして教師自身が積極的に改革に取り組んでいるという点だ。これらの学校の教師たちは校長との対話や研修での発表など頻繁に「外化」を行い、他者とコミュニケートする多くの機会が担保されており、こうした環境でこそ、子どもたちの主体的・能動的な学びを育むことが可能になるのだという。

さらに、溝上先生が河合塾との共同研究によって進めてきた「学校と社会をつなぐ調査」によれば、大学入学までの教育が、学校から社会へのトランジション(移行)のカギとなるということが明らかとなっている。こうした調査からは17歳頃までに子どもたちの資質・能力がある程度固定化され、それ以降の学びへの取り組みを決定づけているという傾向を把握することができる。そうであるならば、トランジションの成功を左右するのは、必ずしも大学教育の改革による成果だけではないということになるだろう。この会場に集う多くの参加者が関わる小学校・中学校・高等学校における改革との連続性において、トランジションの問題は取り組まれなければならないのである。

連続性や接続が求められるのは教育現場の改革でも同様である。学校改革や授業改善もまた、決して一人の教師の努力によって達成されるものではない。カリキュラム・マネジメントの重要性が言われているように、学びの質を変える試みは、学校全体で現状を確認し、取り組まなくてはならない事柄である。「みんなではぐくむ学びの未来」という本セッションのタイトルにある「みんな」に参与する者が多様になっていくなかで、「みんな」をつなぐ新しい関係性のあり方を探る試みが求められているのは、社会におけるマクロな転換においても、教室や授業におけるミクロな転換においても共通している。

会場の様子

そして、学びの未来をはぐくむ「みんな」のなかには、このマナビフェスに来場したさまざまな背景をもつ参加者も含まれていることだろう。「2日間の皆さまの学びが充実したものとなりますように!」という願いとともに、オープニングセッションから次に待ち構える各セッションへとバトンが渡された。



※本文中の所属・役職などは開催当時のもの

※このページは日本教育研究イノベーションセンター(JCERI)によって制作されました。

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