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未来のマナビフェス2019 実施報告vol.5これからの教員の働き方改革 〜横浜の事例から考える〜

登壇者:辻和洋(武蔵野大学)、町支大祐(帝京大学)

「働き方改革は、現場を無視して行われていないか? 働かせ改革になっていないか?」働き方改革に感じるモヤモヤを参加者と共有しながら、本セッションは始まった。横浜市教育委員会と中原淳研究室がおこなった調査結果をベースに、働き方改革を推進する横浜市。改革に取り組む学校の事例から、リアルな現場の声、改革の進め方やポイントなどが紹介された。

モヤモヤを感じても、やらなくてはならない働き方改革

町支大祐(ちょうし・だいすけ)
町支大祐 先生(帝京大学)

まず町支大祐氏からの問いかけで、参加者は所属する学校や現場の働き方改革の現状を振り返った。働き方改革の効果は出ているのか? 前向きに取り組んでいる人はどれくらいいるのか? 共同研究の調査結果によると、業務の削減に「罪悪感やためらい」を感じている人や業務の削減は「無理だ」と感じている人が、約3割程度いることが明らかにされた。一方で、学校は大学入試改革などの教育改革への対応、長時間労働などによる病気休職者の増加、人材獲得の危機に直面している。これらの状況を踏まえると、現状の働き方は長期的に見れば持続「不可能」であり、だからこそ、教師自身が幸せになる働き方を諦めず、働き方改革を進めていく必要があると訴える。

「働いて幸せになる」そんな働き方をするためには、どのような働き方改革を実践していけばよいのだろうか。マイクは辻和洋氏にわたり、横浜市の働き方実態調査結果が紹介された。働き方改革の施策は大きく分けて3つあるという。定時退勤日の設定など労働時間に強制的に蓋をする「キャップ系」、行事や会議を精選し、業務をやめる「カット系」、教材の共有など業務を効率的なものにしていく「効率化系」である。調査の結果から、「キャップ系」「カット系」「効率化系」の順に時間抑制効果が高い傾向があり、施策は組み合わせて行うことで時間抑制効果が高まることが紹介された。

しかし、このように即効性のある「外科手術」的施策も、時間と共に「抜け道探し」が始まったり、施策の形骸化によって「諦めの空気」が蔓延し、施策の効果が薄れる場合があるという。そのため、「外科手術」的施策のみならず、職場全体の雰囲気、職場の文化の改善を意図する「漢方治療」的施策を同時に打つことが重要であるという。

調査結果によれば、職場の雰囲気が長時間労働や施策の効果性と関係していることや、業務の効率化を推奨する雰囲気は校長、副校長、学年主任などの役割や立場によって異なることが明らかになっている。そこで、「漢方治療」的施策として、理想的な働き方を共有することや、小さくても「成果」を共有し変革への自信を高めること、みんなで働き方改革に取り組んでいるという「ポジティブな同調」を生み出すような雰囲気づくり、などの施策が大切になる。その後、参加者同士「外科手術」「漢方治療」の観点から改めて学校の現状を振り返り、改善点が話し合われた。

1か月で過労死レベルの働き方を改善 -横浜市2018年度働き方改善モデル校の事例から-

辻 和洋(つじ・かすひろ)
辻 和洋 先生(武蔵野大学)

具体的な働き方改革の実践プロセスとして、2018年度働き方改革に取り組んだ小学校の事例が紹介された。A小学校では、月あたり80時間以上残業しているという、いわゆる過労死レベルの教員の割合が、2018年11月の時点で横浜市全体の平均より高い23.5%だったのに対して、働き方改革に取り組んだ1か月後の12月には市全体の平均より低く、前月より18%低い5.9%を記録したという。一体どのような取り組みがなされたのだろうか。

A校が取り組んだのは「サーベイフィードバック」である。「サーベイフィードバック」とは、組織開発などで用いられる手法で、モデル校においては(1)コアチームづくり(副校長、主任教諭など学校のキーパソンの意識合わせを行う)、(2)見える化(データを使って学校の働き方の見える化を行う)、(3)対話する(全ての教員を巻き込んでワークショップを行い、打ち手の案を決める)、(4)実践する、の4つのステップで行われた。横浜市ではDVDを作成し、働き方改革の必要性やサーベイフィードバックとはどのような取り組みであるかについて教職員に理解を促している。本セッションでも可愛らしい子どもたちのナレーションで始まる「先生の働き方をみんなで考えたい!」というDVDが上映され、参加者がサーベイフィードバックの理解を深めた。

「サーベイフィードバック」の核となるのは「教職員全員で改善策を決めて取り組む」ことであるという。その最初のステップが(1)コアチームづくり。このステップでは、校長、副校長、プロジェクトメンバーの教員がプロジェクトの目的意識を共有するキックオフミーティングを実施する。大切なのは、職場全体の意見が反映させられるような多様なメンバー構成を考えること。時には反対していそうな人に対して、個人的に話を聞く機会を設けることも重要であるという。次のステップは(2)見える化。ここでは、メンバー全員にアンケートを取り、どのような働き方をしているのか、どのような意識で働いているのかについてデータを収集する。収集したデータはグラフ化するなどして分析し、職場での働き方や意識の傾向をつかむ。例えば、A校では、「児童生徒から信頼されていると感じる」「主体的・対話的で深い学びについて研究する時間が十分に確保できている」と思う教員の割合が平均より高い一方で、「自分の授業の振り返りの時間が十分確保できている」「児童の状況を評価する時間が十分確保できている」と思う教員の割合が平均より低い状態であることがデータでわかった。これは、研究が優先され教員個人の学びが十分行えていない状況であるといえる。また、労働時間についても早く帰る教員と遅く帰る教員が二極化している状況がデータで把握できた。

次のステップは、(3)対話する。(2)で見える化したデータに基づいて、自分たちの働き方を振り返りながら、働き方の改善策を考える。改善策として、朝練の軽減、16:45には電源を落とす、17:30以降は留守電にするなど多くのアイデアが出された。そして最後が、これらのアイデアを4.実践する、というステップである。アイデアの中で取り組めそうなものから取り組んだ結果、過労死レベルに達していた教員の割合が23.5%から5.9%へ減少する結果に結びついたという。取り組んだ教員からは、「働き方について職場全体の意識が変わった」「『今日は早く帰ります』と言いやすくなった」「助け合いながら過ごせるようになった」などの声も聞かれた。

「サーベイフィードバック」のポイント -巻き込みと自己決定、そして働き方改革のイメージの転換-

会場の様子

「サーベイフィードバック」のポイントは、第一に「職場全体を巻き込み、教職員全員で改善策を決めて取り組む」こと。自分たちの働き方を自分たちで決めて取り組んでいるという認識を教員一人ひとりが持つことが重要であるという。第二に「働き方の改善策は『コピペ』できない。よって自校の状況に合わせた対策を行う」ことが大切である。子どもも保護者も学校の規模も文化も違うことから、他の学校の事例や企業の事例はそのままではうまくいかない。だからこそ、データによって自分たちの働き方を知る、働き方改革のアイデアを議論し、改革案を決めて、実施する、というサイクルを回していきながら、少しずつ改善をしていくことが重要である。

最後の総括では、改めて教師、そして個人としてのwell-beingを大切にしながら、「外科手術」と「漢方治療」を組み合わせることの大切さ、そして働き方改革を進める際には同心円状に展開する、ワークショップ型で改革案を決めていくなど、マインドに働きかける進め方が効果的であることが強調された。働き方改革が成功している学校の共通点は「楽しみながら」取り組んでいることだという。働き方改革のイメージを暗く、重いものから、「自分たちの“望ましいあり方”を自分たちで追い求めていくこと」へ転換していく。ここに成功の要因があると締めくくった。


※本文中の所属・役職などは開催当時のもの

※このページは日本教育研究イノベーションセンター(JCERI)によって制作されました。

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