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未来のマナビフェス2018 実施報告vol.1オープニング
「2030年社会と学校教育」

登壇者:溝上慎一(京都大学)

2018年8月10日午前9時30分、台風一過の晴天の下で、武蔵野大学有明キャンパスを会場に、「未来のマナビフェス」が始まった。猛暑にもかかわらず、主会場となる301号教室は北海道から沖縄まで、全国から集まった高校教育関係者、大学教育関係者、企業の人材育成担当者などの参加者で埋め尽くされている。

高校・大学・社会をつなぐトランジションリレーの場に

溝上慎一(みぞかみ・しんいち)
溝上 慎一 先生(京都大学)

最初のプログラムはオープニングセッションである。登壇したのは未来のマナビフェス実行委員会委員長である溝上慎一教授(京都大学)。

まず、この未来のマナビフェスが1年前から、実行委員と河合塾とで議論を重ねて準備されてきたことを紹介する。そして今回、台風の影響で1日目の予定を中止し、2日間の予定を1日に短縮して開催することになってしまった経緯を報告するとともに、800人もの参加申し込みがあったことに対して謝意を述べた。

その上で、この未来のマナビフェスが高校・大学・社会の接続を考える場として位置づけられていることを明確に示す。

「これまで、高校と大学の高大接続や、大学と社会の大社接続を考える場はあっても、高大社の関係者が一つに集まって問題を共有し、生徒学生たちを仕事・社会に力強く送り出していくトランジションリレーの場はありませんでしたが、ここに河合塾と共に計画して実現することができました。これは、今後もずっと続けていきたい企画です」

そして、この未来のマナビフェスが、2030年の社会と教育をイメージして企画されたものであることを強調する。

つまり、「よい社会」や「よい教育」を漠然とめざそうという焦点のない企画ではなく、「2030年までのあと12年で学校が変われるかどうか」というテーマに切迫感をもって取り組もうという企画こそがこの未来のマナビフェスなのである。

2030年というと遠い将来のことのように思いがちである。この企画が1年前にスタートした時には、2020年の東京オリンピックより先を見ている人は少なく、新しい学習指導要領もまだ出されていなかった。しかし、その新学習指導要領も2030年をターゲットとしており、そう考えれば2030年は目の前とも言える。

また、このマナビフェスは、これまでさまざまなところで蓄積された経験を持ち寄り紹介する場としても重要な位置づけを持っており、今回70件を超えるポスターセッションの応募があったことは大きな意味があると伝えた。

このような全体的な位置づけに続いて、溝上教授は大学教育についての現状と課題を明らかにしていく。

今の教育では生徒学生を変えられない2030年に向けて危機感を持って改革を

大学教育の現状に関して言えば溝上教授の指摘する核心はこうである。

「大学教育は長いスパンで見ればよい方向に変わってきたと言えるが、しかしいま切実に必要とされるレベルにまでは変わり切れていない」

そもそも1980年代までは、日本の大学は「学生を育てる」という意識が希薄だった。確かに知識の伝授はおこなわれてはいたが、出席すら取らない授業も多く、学ぶかどうかは学生の側の問題とされてきた。

しかし、1980年代までは大学への進学率も現在と比較すれば半分以下であり、それだけ学生も学ぶ意欲が強く、意識的であったと言える。また、大学の教員も「学問なんて授業で学ぶもんじゃない」と平然と言ってのけていた時代でもあった。

これに対して、現在では進学率は50%を超えてユニバーサル化しており、入学してくる学生の学ぶ意欲も総体としては低下し、意識も変わってしまっている。学生が強い関心を持って一人で本を読んで学ぶことが通用した状況はすでに遠く去ってしまい、研究も一人ではなくチームで取り組んで初めて成果が生まれ、論文も書けるという時代になっている。

それでも過去と比べれば、大学の授業は1990年代以降ずいぶんよい方向に変化してきたと言える。例えば参加型授業、双方向型授業などさまざまな取り組みが進んできた。大学教員のモノローグで終始してしまうような授業はほとんどなくなったし、授業を良くしていくのは当たり前だという意識が教員にも根付いてきた。しかし、それは未だティーチングパラダイムの枠内の改革に留まっており、ラーニングパラダイムに変わっていく必要があると溝上教授は強調する。

ラーニングパラダイムに変わるとはどういうことか。溝上教授は次のように語る。

大学の授業の半分以上は講義科目であり、アクティブラーニングはこの講義科目における「一方向性」の改革をめざしている。学生が能動的に参加し、学んだことを外化することで、より深い学びにつながっていくはずである。しかし、形態としてのアクティブラーニング型授業が増加しているにもかかわらず、学生の授業外学習時間は伸びていないことが、2013年から河合塾と行っている「学校と社会をつなぐ調査」でも明らかになっている。ここが変わらなければ大学は学生の成長の場たり得ないという危機感こそが必要なのである、と。

だからこそ、「そういう時代に対応した学びの場、成長の場に大学を変えていこう」と呼びかける。

人口減少社会、AIの時代に求められるのは知識を活用・探究できる能力の育成

そして、2030年がフォーカスされるべき理由を、溝上教授は明らかにする。それは、人口減少社会の到来やAI(人工知能)の発達である。

世界の知を学び、世界にキャッチアップしていこうという1970~80年代に、日本の大学教育は構築されてきた。解が明確であり、それを覚えたりより効率よくこなすことができたりすれば通用した時代である。

しかし、現在もこれからの社会も、解のない問題に取り組むことが求められる。知識や技能だけに依存したマニュアルワークの従事者は、非正規雇用化されていく傾向が強まってくる。解のない問題に取り組むためには、知識があるだけでは通用しない。そうならないためには、一人ひとりが知識を持っているだけでなく、知識を使って活用・探究ができる主体でなければならない。そして活用・探究していくためには、考えを外化できなければならない。

その点で、大学教育に関して言えば、1995年から参加型学習が推進されるようになり、2008年に中央教育審議会「学士課程教育の構築に向けて(答申)」が出され、ターニングポイントとなったのは間違いない。

「しかし参加型学習から25年、学士課程答申から10年が経って現在の学生は変わっているのだろうか」と溝上教授は問いかけ、「協同の学習にしていくという改革は進んでこなかったのではないか」と提起する。

だからこそ、正課の授業だけでなく大学や学校のあらゆる活動を通じて生徒学生を大人へと育てていくことが求められており、そのための改革を2030年までに推し進めていくことの重要性を改めて強調する。

会場の様子

そして最後に溝上教授はこう締めくくる。

「『今の大学教育では学生は変えられない』という問題意識を出発点として共有したい。このマナビフェスで、これから12年で学校を変えていくという気概と覚悟を共有しましょう」


※本文中の所属・役職などは開催当時のもの

※このページは日本教育研究イノベーションセンター(JCERI)によって制作されました。

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