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香川大学 小方直幸 先生 「卒業生を想う」

香川大学 小方直幸先生 近影

香川大学 小方直幸 先生

執筆者プロフィール
香川大学教育学部教授。山口県生まれ。広島大学大学院社会科学研究科博士課程修了(博士(学術))。広島大学高等教育研究開発センター、東京大学大学院教育学研究科を経て現職。専門は高等教育論。著書に『大学マネジメント論』(共著、放送大学教育振興会、2020年)、『大学経営・政策入門』(共著、東信堂、2018年)など。

卒業生の語源


 3月である。昨年の今頃は「来年こそは例年通りの卒業式を」と誰もが願ったのではないか。だが今年もコロナに翻弄され続け2022年の卒業式シーズンを迎える。学生の本分といえば学業。だがその学業も、今年度の卒業生でいえば、ここ2年間はオンラインやハイブリッドなど、従来とは異なる学びの形態を余儀なくされた。キャンパスに足を踏み入れる機会の少なかった世代である。日本の学生は、ほとんどが高卒直後に進学する若者達。これは世界的にみれば、必ずしも常識ではない。若者にとって、部活・サークル活動、飲み会などのいわゆる課外活動は、成長に欠かせない一コマ。しかしこれら大切な活動も、大きな制約を受けることになった。そしてオミクロン。区切りの儀式である卒業式の挙行も危ぶまれている。そういう時節柄だからこそ、卒業生について改めて想いをめぐらせてみたい。

 卒業生は英語でgraduate。その語源はラテン語のgraduatusであり、学位を取って卒業することを意味する。因みに、学位を意味する単語にdegreeがあるが、この語源はde(下)とgradus(歩み/階段・段階)からなる。なぜ学位が下への一歩なのか気になるところだが、この下がるの意味は、大学が誕生した中世には消えていたともいわれている。いずれにせよ、学年を階段のように一歩一歩進むと学位取得があり、その先に卒業があると考えればわかりやすい。余談ついでにgradのつく他の単語としては、例えば「段階的変化」を表すgradationとか、「徐々に」を意味するgradualなどが思い浮かぶ。確かに階段や段階を連想させる。こんな英語の学びをしていれば、受験時にもっと楽しく単語を覚えられたかもしれない。

卒業式と卒業ソング


 卒業式をgraduation ceremonyと考える人は多い。ただ、アメリカでは学位授与式のことをcommencementともいう。フランス語由来のcommencementは、始まるという意味を持つ。終わるのだから始まるともいえるが、日本の卒業には「終わり・別れ」というイメージが強い。今は学校でもあまり歌われていないであろう「仰げば尊し」の一節も「今こそ別れめ~」であった。他方でcommencementには、終わりというより「さらに新たな一歩を踏み出す」というニュアンスがある。皆さんの大学の英語のweb頁では、卒業式は何と表現されているだろうか。前任校である東京大学ではcommencementが使われていたようだが、graduation ceremonyを使っている大学も少なくない。個人的には前者を推したい。推しメンならぬ推し単である。

 「仰げば尊し」の話を書いていたらふと、未来の卒業生である大学生はどのような卒業ソングを好むのか気になった。私は現在、香川大学教育学部の教育領域という所にいるが、ここに所属する学生に聞いてみた。卒業時に聞きたい・歌いたい曲として最も多かったのはレミオロメンの3月9日。この曲は3月9日の結婚式ソングとして作ったといわれているが、学生が好きなフレーズとして選んだ1位は「新たな世界の入口に立ち気づいたことは1人じゃない」、次いでサビの「瞳を閉じればあなたがまぶたのうらにいることで」。選んだ箇所は異なるが、ともに大切な他者がいるということ。学生が卒業で思い浮かべるのは友であり、卒業はやはり「別れ」の意味合いが強いのかもしれない。大人はやれ語源だの様々な蘊蓄を持ち出そうとするが、学生は実体験に根ざした率直な反応を示す。

卒業生と大学経営


 話が随分と拡散したが、卒業の捉え方は様々。そして様々であっていいのだと思う。とはいえ今一度卒業生の話に戻そう。卒業式について述べたことを踏まえると、卒業とは大学との新たな関係の始まりを意味する。といっても、新たな関係ではあまりに抽象的過ぎる。では、卒業生をどういう視点から考えるか。今回は、大学経営という視点を採用してみたい。その際の1つの手がかりが「大学の執行部が卒業生をどう捉えているか」。より端的にいえば、「学長が卒業生をどう考えているか」である。日本にはそうした全国的な調査が管見の限り見当たらない。そこでACE(American Council on Education)が行っている学長調査(American College President Study)を取り上げる。アメリカとは文脈が異なるため、日本も同様とは限らないが、卒業生を考える一つの契機にはなると思う。

 まず、学長として将来的に重要となる事項を尋ねた結果(トップ5を選択)によれば、1位が財務のマネジメント(70%)、2位が資金集め(52%)。日本もそうであろうが、お金にまつわることを圧倒的に気にしている。続く3位は、学生だけでなく教職員とも関わる多様性・公平性に関わる課題(40%)。4位は入学から卒後までの一貫した学生支援を指すエンロールメント・マネジメント(31%)、そして5位が学習成果の評価(29%)と続く。ステークホルダー集団としての卒業生という選択肢も設けられているが、トップ5として選ばれたのはわずか3%だった。ただし、4位のエンロールメント・マネジメントや5位の学習成果の評価も、在学生だけでなく卒業生とも関わる事項と考えれば、学長から見て卒業生というのは、1つの重要な集団だといってよいのかもしれない。

 ACEの調査は、最も大学に支援的な学外集団も尋ねている。トップは理事会で55%、卒業生は2位で38%。以下地域のコミュニティリーダー(37%)、地域のビジネスリーダー(33%)と続く。理事会は大学経営に直接関わる存在なので当然として、卒業生も大学にとって大切な存在であることがわかる。逆に、大学が抱える課題への理解に最も欠ける学外集団についても尋ねている。1位に挙がったのは州議会議員(40%)、2位は知事オフィス(28%)、そして4位が連邦政府(25%)で、政策や行政当局への不満が高い。ちなみに3位はメディア(32%)である。卒業生という回答も18%に上る。アメリカの大学では、安定した財源を担保する目的から、卒業生等からの寄附金が重要な役割を果たしており、頑強な同窓会も組織化されている。卒業生は大学財務とも切り離せない存在である。

ストックとしての新たな長期的関係の始まり


 以上、卒業生について徒然に想いを馳せてきた。大学にいると、当たり前だが毎年新しい学生が入ってくる。高校までの教育も同様だが、そこが教育者としての魅力の一つでもある。しかし在学者のみに着目していると、学生は4年間で通り過ぎていく存在でしかない。だがそれはフローに着目した見方に過ぎない。卒業生はどうか。卒業生はフローではない。そうストックである。大学が組織として存続する限り、卒業生は増え続ける。その規模は、在学生の比ではない。もちろん卒業生も人間。寿命もある。でも卒業者名簿には半永久的に刻まれ続けるであろうし、歴史や記憶に名を残す卒業生だって現れるだろう。そう考えると、大学が卒業生をどう捉えるかはとても大事なことのように思われる。卒業式というのも、彼ら・彼女らを送る場であると同時に、未来の関係を改めて切り結ぶ場なのである。



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